金正恩氏

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北朝鮮では新年早々、庶民らの頭を悩ませる2つのものがある。一つ目は金正恩党委員長の「新年の辞」だ。北朝鮮当局は1月1日に金正恩氏の肉声によって発表された今年の施政方針に当たる新年の辞を大々的に宣伝しているが、庶民らにとっては面倒きわまりないものだ。

デイリーNKの内部情報筋によると、新年の辞の学習が早くも始まっている。金正恩氏が5年連続、肉声で発表した新年の辞では「能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りました」と、異例ともいえる自己批判らしき発言が目を引いた。しかし、庶民らにとって歓迎すべき特別な方針が示されたわけではない。

「人糞」を求めてさまよう

実際、北朝鮮の人々も「新年の辞には無関心が生きる道」「我々が生きていく道は資本主義についていくこと」と新年の辞を揶揄しながら、冷めた反応を示している。

しかし、どのような内容であろうと、最高指導者である金正恩氏が打ち出した方針を貫徹しなければならないのが北朝鮮という国家だ。そして学校や職場で1000字以上もある「新年の辞」を丸暗記しなければならない。

庶民らにとっては苦行以外のなにものでもないばかりか、日常的な勉強も生産活動も停滞する。それだけでなく。北朝鮮は2015年から新暦の1月1日を「正月」として祝うことになった。本来、三が日は連休のはずだが、様々な理由で過酷な行事や奉仕活動に動員され休む間もない。

そして新年の辞の学習に次いで、北朝鮮庶民らを悩ます恒例行事が堆肥戦闘、すなわち「人糞集め」だ。

正恩氏のトイレ問題

この時期、北朝鮮では住民らに肥料を作るため人糞集めのノルマが課される。1人あたり驚くほどの量がノルマであり、正月早々、人糞を求めてさまよい歩かなければならない。所々ではすさまじい人糞争奪戦が繰り広げられ、人糞をめぐって時には犯罪が起き、ワイロまで飛び交う有様だ。

運よく人糞集めの動員から免れても、町の清掃などに無理矢理駆り出される。北朝鮮の正月の動員はまるで、庶民らに対する終わらない「罰ゲーム」のようだ。

庶民らを苦しめる新年の辞の学習と人糞集めだが、学習の方は食べていくことに何の役にも立たない。それどころか先述のように生産活動の停滞を余儀なくされる。一方、人糞集めは過酷だが農業にかかわる、つまり食べて生きることに直結することから、正恩氏の新年の辞を覚えるよりもよほど生活の足しになる。

金正恩氏からすれば、自分が発表する新年の辞が、庶民らの生活に悪影響を及ぼし不便を強いている現実などどうでもいいのだろう。一方、正恩氏も現地指導の際に一般のトイレを使用できず、専用車のベンツに「代用品」を載せて移動するなど、不便さを強いられているという。しかし、彼の生活上の不便など、庶民らの新年の辞の学習や人糞集めの苦労や不便とは比べものにならない。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

金正恩氏が自らを「能力不足」と謙遜するのなら、一度でも庶民らの人糞集めに参加して真の生活の苦労を体験してみたらどうだろうか。