2016年、中国では「匠の精神」という言葉がもてはやされた。この、文字で正確で表現することが難しい言葉に対する解釈や議論が、中国国内では盛んに繰り広げられた。その結果、「匠の精神」がいかなるものかを理解した人は、果たしてどれだけいるのだろうか。(イメージ写真提供:123RF)

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 2016年、中国では「匠の精神」という言葉がもてはやされた。この、文字で正確で表現することが難しい言葉に対する解釈や議論が、中国国内では盛んに繰り広げられた。その結果、「匠の精神」がいかなるものかを理解した人は、果たしてどれだけいるのだろうか。

 中国メディア・今日頭条はこのほど、「日本の『匠の精神」、中国は本当に必要なのか」とする記事を掲載した。記事は、中国で16年の流行語に選ばれた「匠の精神」について、「われわれは日本を参考にし、目先の利益の追求をやめ、魂を製品の中に込めることを選択すべきなのか。『匠の精神』は中国にマッチしているのか」と疑問を提起した。

 そして、日本国内においても現在「匠の精神」に対する疑問がでているとし、高品質なハイエンド製品を作り上げるという利点がある一方で、「多くの時間とお金を費やすとともに、生産効率も低下させる」というデメリットも存在すると説明している。

 そのうえで、中国において日本式の「匠の精神」はマッチしないとの見方を示した。「中国と日本は人口と消費市場の規模が異なる」とし、中国において精巧な「匠の製品」をたくさん作ったとしても、さまざまな社会階層を持つ中国の巨大なマーケットを満足させることは難しいかもしれないと指摘。「中国市場では、確かな品質でなおかつ価格が相対的に低廉な製品こそみんなから選ばれるのである」とさえ言えるのだと論じた。

 一方記事は、「匠の精神」自体は中国においても持つ必要があるとし、それは日本とは異なる「速度を求め過ぎて質を失わず、なおかつ精緻さを求め過ぎて時間と人力を浪費せず」というものであると説明。中国式の「匠の精神」をしっかり手に入れてこそ、より良い未来がもたらされ、日本がたどってきた「回り道」を回避することができるのだと結んだ。

 単に外のものを移植しても意味がなく、それは「学び」とは言えない。それをじっくり検討、消化したうえで、自分たちに合う形に変えて実践してみる。それこそが真の「学び」なのだ。今の中国社会全体に求められているのはまさにこの「学び」である。口先だけでない「学び上手」になることで、中国の製造業の未来はさらに大きく開けてくることだろう。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)