弱い者に手を差し伸べるのは美徳ではあるが、そのような生き方を貫くのは簡単ではない。ましてや、外国にいればなおさらだ。国際関係学院の呂凱健さんは、日本人の先生の姿に感動し、ヒントを得た体験について、作文に記している。写真は肉まん。

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弱い者に手を差し伸べるのは美徳ではあるが、そのような生き方を貫くのは簡単ではない。ましてや、外国にいればなおさらだ。国際関係学院の呂凱健さんは、日本人の先生の姿に感動し、ヒントを得た体験について、作文に次のように記している。

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それはこの前の冬のことだ。北京は最低気温零下15度、平均零下6度、30年ぶりの厳冬を迎えた。12月になって、僕の学校の近く、頤和園の閉鎖された古びた門のところに、一人のホームレスが住みついた。破れた掛け布団に包まっただけの彼が、屋外でどれほど凍えて過ごさなくてはいけないのかは、推して知るべしだった。しかし、僕にとっては見慣れた光景だったので、ホームレスのことは気に留めもしなかった。

12月12日の夜、僕はスピーチ大会で優勝し、そのほかの参加者と一緒に指導の駒澤先生に夕食をご馳走になった。食事を終え、学校への帰り道、またその門の近くに差し掛かった。すると、先生は急に「みんな悪いけど、先に帰って」と言って、近くの肉まん屋に入って行ってしまった。夜食でも買うのかなと思った。しかし、いくら「先に帰って」と言われても、それが失礼だと思った僕たちは、少し離れたところで先生を待った。

しばらくして、湯気の立つ肉まんを持って出てきた先生は、それを門のところにいるホームレスに渡していた。肉まんは自分の夜食ではなく、寒夜に震えているホームレスのため買ったものだった。2、300元ほどのお金も渡したようだった。それも一度や二度ではない様子だった。驚いた。先生のお給料がいくらか知らないが、1回に何百元も施すなど信じられなかった。後で聞いたところ、先生は、広東から北京の寒さも知らずに来てしまったそのホームレスを故郷に帰るように説得し、バス代をあげて帰らせたそうだ。

その後の3週間の視聴覚の授業で、先生は「世界がもし100人の村だったら」というDVDを教材として見せてくれた。無理やり兵士にされ「殺し」を仕込まれる少年兵、空気の届かない穴の中で金を掘る男の子。この世界では、このような子どもたちが自分と同じ地球で同じ時間を生きている。胸が痛んだ。教材に使われていた100人の村という詩はこう訴える。「もし、このように縮小された全体図から私たちの世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは、火を見るより明らかだ」。鑑賞後、先生は言った。「私たちに今何をすることができるのかを、考えてください」。そう問いかけた先生自身は、自らの行動で答えを出していたことに気がついた。

僕は中国人として「中国で生きる一人の日本人」に感動した。しかし、僕は思う。「今世界に向けて何ができるか」は、もう日本人だとか、中国人だとかの問題ではない。私たちは地球村という同じ村の中に住む住民である。そう思ったら、自分がどんな国籍に属するかは意味のないこと。人にしか認識されない線である国境を超え、一緒に感動を見つけたいと願う。僕は恵まれている一人だ。こんな私にできることは少なくないはずだ。そして、いつか「日本人が語る中国人への感動」という題でのコンテストがあったなら、そこで語られる中国人になりたいものである。(編集/北田)

※本文は、第九回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「中国人の心を動かした『日本力』」(段躍中編、日本僑報社、2013年)より、呂凱健さん(国際関係学院)の作品「いつかは、感動してもらえる存在を目指して」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。