金正恩氏

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北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」と言えば、紙面がプロパガンダで埋め尽くされていることで有名だ。北朝鮮の人々もつまらないと思っているようで、「タバコの巻紙に最高」などと揶揄するほどだ。

1980年代には発行部数300万部を誇っていたが、90年代の大飢饉「苦難の行軍」を機に、10分の1に激減した。金正恩党委員長は「記事の質、内容を向上させ、部数を120万部まで増やせ」との指示を何度も出し、無理やり60万部までは回復させたものの、目標にはとても届かない状況だった。

政治犯として処刑

それが、最近になって人気が高まり、購読者が急増しているという。質や内容が向上したのだろうか。そうではない。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNKの内部情報筋によると、その訳は「ソウルの都心で開かれる朴槿恵退陣を求めるデモ、集会を毎日報道してたから」だという。

北朝鮮の読者たちは熱心に記事を読み、百万人を超える人たちが集まり、青瓦台(大統領府)の近くまでデモ行進を行った事実に興味を引かれたのだ。また、デモや集会が2ヶ月に渡って行われているというのに、逮捕者が一人もいないということに驚く。そして、北朝鮮の実情と比べて考えるというのだ。

北朝鮮では、「数人が集まってひそひそ話をするだけでも、バレたら政治犯にされて処刑されてしまう」(情報筋)からだ。

記事を読んだ人々は、「民主主義とは何か」について考え始めたという。

「南朝鮮(韓国)では、指導者が間違ったことをすれば、人民が引きずり下ろす」
「自分の意志を自由に表現するということが、真の民主主義ではないだろうか」

平安南道(ピョンアンナムド)の内部情報筋は、80年代の北朝鮮メディアが、韓国の民主化運動について詳しく伝えていたことに触れ、当時の報道を覚えている人々が、今の韓国でのデモや集会に関する報道を読み、当時と様子が一変したことに驚いていると伝えている。

「かつては、棍棒と催涙弾が乱舞する中で暴力的な闘争が行われていたが、今は老若男女が平和裏に『朴槿恵は退陣せよ』と訴えている。この国(北朝鮮)と違って南朝鮮はどんどん良くなりつつある」(情報筋)

北朝鮮当局が、朴槿恵退陣を求める韓国のデモや集会を頻繁に報じるのは、「韓国はやっぱりダメな国」という印象を植え付けることに目的がある。ところが、当局の意図とは全く逆の形で受け止められてしまっているのだ。その背景には、韓国からの情報の流入がある。

北朝鮮の人にとって、韓流ドラマ、映画、バラエティを見ることはもはや当たり前のことになっている。当局が暴力的な取り締まりを行おうとも、その流れは止まらない。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

また、韓国のラジオを聞く人も多く、中にはテレビを直接受信している人もいる。それは、単なる暇つぶしの娯楽では収まらずに、北朝鮮の人々の意識を変えつつある。

朴槿恵退陣を求めるデモや集会は、北朝鮮の国営メディアが報じていることなので、公の場で話しても、よほどのことを言わない限りは問題にならない。そのため、人々は自由に討論をするようになり、権利保障のために直接行動を行う人も増えているというのだ。

情報筋によると、横暴の限りを尽くす悪徳保安員(警察官)に対して、市民の法的権利を盾に歯向かう人が増えている。

最近、平城(ピョンソン)市のトクサン農民市場で、横暴な行為を行った保安員に対して、ある商人が「お前だけが人間か?どうして法に従わずに、横暴なことをするんだ!」と激しく抗議した。すると、一人二人と人が集まってきて、保安員を激しくなじり出したというのだ。

保安員によるの家宅捜索に際して、令状の提示を要求する人が現れるなど、北朝鮮の人々の意識は変化しつつある。

時すでに遅し

金正恩党委員長は1月1日に発表した「新年の辞」でも、韓国のデモに言及した。

しかし、こうした変化に危機感を覚えたのか、北朝鮮当局はごく最近になって、韓国のデモなどの報道の頻度を減らしているようだ。しかしそれも、時すでに遅し、と言えるかもしれない。