左から、3代目“山の神”の神野大地君('14〜'16年・青学大)、2代目の柏原竜二君('09〜'12年・東洋大)、初代の今井正人君('04〜'07年・順大)

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 今年も1月2日、3日に開催される、正月恒例の箱根駅伝。知ればもっと楽しくなる“トリビア”を集めました。

山の神とは?

 初代の“山の神”は第81回大会('05年)で5区を走った今井正人さん(順大)。レース序盤の2区ではなく、5区で驚異の11人抜きを達成。「山の神が降臨しました!」と実況されて以来、その名が定着した。

 その記録をあっさり塗り替え、区間新記録を樹立したのが、第85回大会('09年)の柏原竜二さん(東洋大)。“新・山の神”と呼ばれた。その後コース変更があり、単純比較はできないが、第91回大会('15年)で神野大地さん(青学大)が柏原さんの記録を24秒上回り“3代目・山の神”と言われた。

踏切で選手がストップ

 かつて、コース上には3つの踏切が。遮断機が下りたら、選手は電車の通過を待たなくてはならず、審判員が停止時間を計って合計タイムから引いていた。JR東海道線・横須賀線の戸塚大踏切(2区と9区)と、京急電鉄の蒲田踏切(1区と10区)はもうないが、箱根登山鉄道の小涌谷踏切(5区と6区)は現存。今では電車のほうが止まり、選手を通過させている。

「20年以上前、運転士の独自判断で電車を止めたのが始まりです。今では1月2日3日は、関係部署は全員出勤態勢で、早朝から準備しています」(箱根登山鉄道総務部・市原さん)

日テレじゃなかった!

 箱根駅伝の放送局といえば、日本テレビ。しかし、箱根駅伝を初めてテレビ放映したのは、テレビ東京(当時は東京12チャンネル)で、第55回大会('79年)から。とはいえ、1月3日正午から録画ダイジェストが放送され、生中継は10区のみだったよう。日テレに移ったのは、第62回大会('86年)から。ちなみに第55回大会('79年)の視聴率は5・4%だった。

視聴率は東高西低

 第92回大会('16年)のテレビ視聴率(関東地区)は1月2日が28・0%、3日が27・8%だった。ここ10年では25%を下回ったことがなく、まさにオバケ番組。

 ところが、関西地区となると……2日は17・5%、3日15・4%。東西でなんと約10ポイント以上の差がある。やはり、関東の大学しか出場していないから?

留年したら5回走れる?

 規定によると、選手は4回までしかエントリーできない。補欠や予選会の出場も含まれる。つまり、留年した選手でも、まだ4回エントリーされていなければ走ることができるのだ。

ごぼう抜き記録は?

 駅伝の醍醐味“ごぼう抜き”。下位で襷(たすき)を受け取った選手が、前を行くチームの選手を軽々と抜き去っていくさまは、見る者を釘づけに。ごぼう抜きの歴代最多はギタウ・ダニエルさん(日大)。第85回大会('09年)の2区で、22位で襷を受け取り、なんと2位まで押し上げた。

東大も出場したことが!

 スポーツはあまり……というイメージの東京大。しかし過去に1度だけ、予選会を勝ち抜いて、第60回大会('84年)に出場している。結果は全20校のうち、17位。東大に後れをとったある大学の監督は、「学力では文句なしに負けるんだから、せめて走りでは勝ってくれよ!」と叱咤激励したとか。

 ちなみに、今回の予選会で個人成績58位だった近藤秀一選手(2年)が、関東学生連合のメンバーに選抜されている。来春から東大工学部で化学生命工学を専攻するという頭脳派ランナーにも注目だ。

コースを間違えた!

 第87回大会('11年)。11位で襷を受け取った、國學院大のアンカー・寺田夏生さんは猛追。日体大、青学大、城西大と激しいシード権争いを繰り広げる。4校のうち、シード権が取れないのは、わずか1校。ゴールまで残り200m。寺田さんは勝負をしかけ、スパート!

 ところが直進すべきコースを、中継車につられて右折してしまう。大あわてでコースに戻り、死に物狂いでラストスパート。城西大を抜き返してゴール。その差はわずか3秒。悲願のシード権をなんとか手に入れた。

まさかの替え玉

 箱根駅伝ができて6回目の大正14年(1925年)。当時は20km走れる選手を10人集めるのは大変なことで、どの大学も苦労していた。そんななか、日大の3区を走ったのは学生ではなく、なんと人力車夫!

 バイト代を払って走らせたものの、前の選手を抜き去る際、車夫独特の「あらよっと!」のかけ声を上げたため発覚した。これが有名な『人力車夫事件』。今ではまず考えられない替え玉事件だ。日大は責任を取り、翌年の大会参加を辞退した。