(左)弁護士・ホームヘルパー2級 外岡 潤氏(右)宇都宮大学地域デザイン科学部准教授 中川 敦氏

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■すごく仲が良かった家族がどうして……

親が施設に入りたがらず説得に困っている。病院に行きたがらない。親の介護のやり方に兄弟で意見がかみ合わない。親の遺産の相続をめぐって親戚同士で諍いが絶えない――。そんな家族のトラブルは、どんな人にも起こる可能性がある。問題の根本にあるのは、家族間のコミュニケーション不全だ。家族・親戚の間でうまくコミュニケーションをとるにはどうしたらいいか、また普段話すことがなくなった家族と意思疎通を図るにはどうすればいいのか、悩んでいる人は多いことだろう。

今回は、そんな「家族との話し合い」を良好に進める方法について、介護・福祉系法律事務所「おかげさま」代表の外岡潤氏、福祉社会学を教える宇都宮大学准教授の中川敦氏という2人の専門家に聞いた。

外岡氏は、弁護士として活動しながら、ホームヘルパー2級の資格を取得。介護問題、相続についての法律の専門家であると同時に、介護・福祉施設の現場にも詳しい。

中川氏の主な研究テーマは「遠距離介護」。離れた場所に住む親を介護するなかで、会話の際の言葉遣い、やりとりの間、視線などが家族間の信頼関係にどう影響するかについて「会話分析」のアプローチから研究している。

次ページからは実際の家族に起こったコミュニケーショントラブルとそれに対する2人のアドバイスを公開する。

■病院に行きたくない、施設に入りたくないと主張する親

東京都内の家電メーカーで働く西山恵一さん(仮名・53歳)は、85歳の母の介護のために、毎週末実家のある愛知県に通っている。

父は7年前に肺がんで他界。西山さんは母親が80歳になるのをきっかけに東京で同居しようと提案したが、「お父さんと一緒に暮らしたこの家にいたい」と断られた。幸い認知症の兆候はなかったが、80を超え、日々衰えていく母の1人暮らしには不安が募った。

「父が存命の頃から付き合いのあったケアマネジャーと相談し、デイサービスなどを利用しながら、できるだけ家族で介護をしようと決めました。妻にわざわざ愛知まで行って介護に協力してくれなんてとても言えません。それで、仕事のない日はできるだけ親元に帰ろうと決めたんです」(西山さん)

西山さんはそうして、遠距離での介護を始めることになった。遠距離介護について、中川氏はこう言う。

「頻繁な帰省で身体的にも、精神的にも疲労が重なる。もちろん、経済的な負担も馬鹿になりません。親の在宅介護をいつまで続けられるのか。同居すべきか、施設で暮らしてもらうべきなのか。そんな悩みを抱える人は全国で1万5000人から3万人いると推察され、これからますます増加すると考えられます。そして遠距離介護での大きな問題が、離れて暮らす親とどうコミュニケーションをとるかなのです」

西山さんも最初は新幹線を利用していたが、経済的な負担も考え、高速バスを使うようになった。妻から「同居を勧めたのに1人暮らしするのはわがままなのでは」「どうして施設に入れないのか」と言われるのも辛かった。

■高齢者との会話のポイント

そして、ストレスを生むのが母との会話だった。

「年を経るにつれ、やりとりがかみ合わないことも増えてきました。お母さんはどうしたい? と声をかけても、そうねぇ、と会話が続かなかったりと、母の気持ちがわからなくなっていた」(西山さん)

中川氏は、西山さんの悩みである家族との話し合い、高齢の親とのコミュニケーションを円滑にするのに「会話分析」を活かせると語る。

「高齢者介護の場合、どうしても介護をする側は『自分が何をしてあげられるか』という思いで頭がいっぱいになってしまいます。でも、本当に大切なのは、介護される側本人の意思を尊重することです。会話分析でわかった大切なポイントは、『決定に巻き込む』ということ。会話のなかで、相手に参入する機会を与えることが重要なんです。たとえば、質問をするときは、『何をしたい?』『どこに行きたい?』といったWHATやHOWの質問よりはYESかNOで答えられる質問のほうがいい。同意しやすい『今日はお風呂入りたい?』『明日はデイサービスに行く?』と聞くのが好ましいと言えます」

また、施設に入れたり、同居を促すときなど、何かの決定をするときにも説得するように一方的に話しかけるだけではダメだという。話し続けるだけでなく、あえて発言の途中で「間」をつくって反応を見たり、本人の口から「○○したい」と言いやすくすることが大切なのだという。

ただ、親が同意しやすい、YES・NOで答えられる質問を考えるのは、離れて暮らす子供には難しい。また、親の望みをすべて叶えられるわけでもないので、家族や周囲にとって望ましい同意をどう導くのかも考慮しなければいけない。だからこそ、いつも親の近くで世話をしている第三者であるケアマネジャーと、コミュニケーションを密にとることが必要だ。ケアマネジャーと事前に話し合い、一定の合意をつくってから、親との会話に進むというステップを踏むのが望ましいだろう。

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弁護士・ホームヘルパー2級 外岡 潤
東京大学法学部卒業後、2007年弁護士登録。09年、日本初の「介護・福祉系」を標榜する法律事務所「おかげさま」を開設。紛争を話し合いで解決する技術「メディエーション」の啓発に注力。
 
宇都宮大学地域デザイン科学部准教授 中川 敦
早稲田大学大学院博士課程修了。島根県立大学専任講師などを経て、現職。専門は福祉社会学と会話分析。現在、遠距離介護での会話分析への取材協力者を中川敦研究室HPで募集中。

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(伊藤達也=文 澁谷高晴=撮影)