「アプレンティス」に出演していたころのトランプ氏。(写真=AFLO)

写真拡大

アメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプさんが当選したことは、多くの人にとって驚きだった。特にアメリカのメディアは、最後まで、トランプ候補が本当に大統領選で勝つとは予測していなかったように思う。

政治的な主張や価値観は別として、最初は「泡沫候補」だったトランプさんが、なぜ共和党の指名を受け、当選にまでこぎつけたのか、そのプロセスを分析してみたい。

まずは、認知科学で言うところの、「単純接触効果」がある。人は、どのような理由であれ、その人に関する情報に接触する機会が増えると、好意を持つようになるという効果である。アメリカの心理学者、ロバート・ザイアンスの研究で明らかになったこの効果は、今回のトランプさんの人気を説明する。

「メキシコとの間に壁をつくる」とか、「イスラム教徒の入国を禁止する」など、良識派が顔をしかめるような失言のたびに、メディアやソーシャル・ネットワークには、トランプさんの画像、動画などの情報があふれた。その結果、単純接触効果を通して、トランプさんへの好感度も上がっていった。

もともと、トランプさんの全米での知名度が飛躍的に上がったのは、テレビ番組「アプレンティス」がきっかけだと言われている。一般参加者が、トランプさんの「見習い」(アプレンティス)として競い合う。トランプさんが「おまえはクビだ!」と叫ぶ様子が、キャラクターとしてすっかり定着した。

単純接触効果で興味深いのは、ポジティブな情報だけでなく、ネガティブな情報でも起こりうるということである。

日本のある県の知事さんが、こんなことをおっしゃっていたことがある。その県をめぐるネガティブなニュースがあって、知事さんの顔が毎日のようにテレビに流れていた。半年後くらいに、県内で、ある女性が知事さんの顔を見て、ニコニコしながら「あっ、よく見ています!」と叫んだという。つまり、その女性は、どんなニュースで知事の顔を見たかは忘れていて、ただ、親しみを感じたらしいのだ。

英語では、「悪い露出というものはない」という格言がある。失言がきっかけであれ、テレビのニュース番組などで取り上げられて露出することで、トランプさんへの好感度が全体として上がっていったことは、事実だろう。

また、トランプさんが、政治的な正しさといった「建前」の部分ではなく、人々の「本音」の部分をすくい取って代弁したことも、大きな意味を持ったと考えられる。

各種世論調査でも、トランプさんを支持するという回答が一定のバイアスを持って見られてしまうから、「隠れトランプ支持」がずいぶんいたと言われている。そのような人々が、本番の投票で、トランプさんの当選を支えた。

トランプさんの当選を支えた「本音」は、マーケティングで言うところの「インサイト」に当たる。人は、なぜ、ある商品やサービスを求めるのか。アンケートなどの表面的な回答では得られない、直感や洞察、隠された欲望にたどり着かなければ、本当の意味でのマーケティングの成功はありえない。

「単純接触効果」や、「インサイト」など、今回の「トランプ現象」には、興味深い側面がたくさんある。ヒラリー・クリントンさんは、それらの点において、残念ながら一歩及ばなかった。

(茂木 健一郎 写真=AFLO)