村澤(右)は給水員を志願したという(2013年の箱根駅伝)

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 正月の風物詩・箱根駅伝も間近に迫ってきたが、いかにして中継をより楽しむか。陸上長距離専門ウェブメディア「EKIDEN NEWS」の“博士”こと西本武史氏が解説する。西本氏とその相棒・“マニアさん”が同意したポイントがあるのだという。

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 10月中旬以降、週刊ポストで毎号、出場校選手の仕上がり具合などをレポートしてきた。それらを頭に入れつつ、箱根駅伝本番では出場選手以外のところにも目を向けてもらいたい。

 全長217kmにわたるコースの各所では、数々のドラマが生まれてきた。伝説的な逆転劇もあれば、シード争い、繰り上げスタートを巡る悲劇もあった。2日間、約11時間の大会は、積み重ねられたエピソードや因縁、そして画面の端にしか映らない“名所”を知っておくともっと楽しくなる。

 たとえば12月10日の箱根駅伝エントリー発表の日。スポーツ紙は一様に大学駅伝3冠・箱根3連覇のかかった王者・青学大の原晋・監督が作戦名を「サンキュー大作戦」と発表したことを大きく報じた。

 敢えていおう、注目すべきはそこじゃない。私たちが沸き立ったのは合わせて発表された「ゲスト解説者」の布陣である。

●往路/村澤明伸(東海大OB、日清食品グループ)、神野大地(青学大OB、コニカミノルタ)
●復路/中村匠吾(駒澤大OB、富士通)、服部勇馬(東洋大OB、トヨタ自動車)

 前回大会で青学、東洋のエースだった神野と服部は順当だが、「村澤」の名前を聞いて、私は震えた。

 4年ぶりに村澤が箱根に帰ってくる──。

 熱狂的な駅伝ファンたちは、高校時代からずっと村澤を見てきた。2008年の都大路(全国高校駅伝)、両角速・監督(現・東海大監督)率いる長野・佐久長聖高で3区を任された村澤は、仙台育英のポール・クイラ(現・コニカミノルタ)に食い下がり、歴代日本人最高記録で区間2位。チームの初優勝の立役者となった。

 村澤は“アフリカ選手と互角に渡り合うランナー”としてファンの心を掴んだ。東海大では1年次(2009年)の箱根予選会でいきなり個人1位。3年連続で2区を走る絶対的エースとなったが、最も記憶に残るのは4年次(2013年)の大会だ。

 このシーズン、村澤は故障に泣き、それが響いてチームは予選落ち。学連選抜の2区には、東海大のチームメイトで準エースの早川翼(現・トヨタ自動車)が選ばれた。

 この箱根で、村澤は「給水員」を志願する。当日、権太坂で早川に水を渡す役を買って出たのだ。そのシーンを私は現場で見た。村澤は100m近い距離を完全にピッチを合わせて並走。箱根を走れない無念、部員たちへの申し訳なさ──そうした様々な思いが詰まった給水だった。公式記録上、村澤は2区を3回しか走っていない。しかし、私たちの記憶のなかでは確かに、4回目があった。

 その村澤が解説者として帰ってくる。伝説の給水地点をはじめ“ゆかりのポイント”で何を語るのか。

■文・撮影/EKIDEN NEWS 西本武司

※週刊ポスト2017年1月1・6日号