江戸時代初期の1654年、福建省の禅僧隠元隆[王奇]が来日。隠元は、中国式の禅文化と「素菜」(中国式の精進料理)を日本に伝えた。それは日本の「普茶料理」の前身。福建料理は日本料理の源の1つだと言えるだろう。

歴史上、日本と福建省の関係は密接であった。平安時代の遣唐使留学僧の空海がかつて福州市の有名なお寺の鼓山湧泉寺を訪問した。江戸時代に長崎奉行所に置かれていた通訳「唐通事」は南京語と福州語とショウ州語(ショウ=さんずいに章)の三系統に分かれていた。ショウ州はビン南地域の都市である。

日本では福建省の名物と言えば、やっぱり「烏龍茶」である。烏龍茶のペットポルトの包装で「中国福建省茶葉使用」、「福建省産茶葉100%、良質な茶葉を使用した烏龍茶です」という広告の台詞を見ると、なんとなく誇らしく思う。

もう1つの名物である「寿山石」はあまり知られていないかもしれない。福州市の寿山(じゅざん)と言われるところで取れる幻の印材である田黄(でんおう)は、印材の最高峰で、オークションでは数千万の値がつくほど。

言葉も似ているし、食べ物でも親しみを感じる。福建省の人にとっては、日本は住みやすい場所に間違いない。ちなみに、数年前に中国の多くの都市で反日デモが起きた際、福建省では、あまり反日デモはなかった。商売上手な人々は、政治と文化をはっきり分けられる傾向がある。これからもっと多くの日本人が福建省観光へ行ってほしい。現在、東京から福建省の福州とアモイへ行き直行便がある。是非、福建で日中関係の歴史の香りを楽しんでほしい。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。