薬物依存の自己嫌悪の闇は深い(shutterstock.com)

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 「一日一日が『今日は使わなかった』『じゃあ明日も頑張ろう』の積み重ね。覚せい剤はまさに怪物、悪魔で戦いは一生続くと思う」

 覚せい剤取締法違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた元プロ野球選手の清原和博氏が、12月29日放送の『ニュースキャスター」(TBS系)で、その恐怖を独白した。

 番組内のインタビューは、謝罪をして自らを<犯罪者>だと認識して出演しているという言葉から始まった。

 覚せい剤の使用は現役引退後で、選手時代に使っていたのは「グリーニー」という当時は禁止されていなかった薬物。外国人選手から勧められ、集中力を高めるために使用するようになった。

 引退後、球界を離れて踏み出した<新しい世界>でのプレッシャーから、覚せい剤に手を出してしまったのだという。

 覚せい剤使用中は一種の「現実逃避」。嫌なことが続いたりすると手を出し、そのたびに残った覚せい剤を捨てて自己嫌悪に陥る。再び購入・使用しては自己嫌悪の繰り返しだ。
 
 覚せい剤による幻覚や幻聴、ときには過剰摂取の末、医療機関に救急搬送されたこともあったという。

 また、逮捕後の44日間に及ぶ過酷な留置場生活も告白。「114番」と呼ばれ、汚物が浮ぶ風呂に入り、「風呂の栓を抜け」と指示される――。

 「この腕で野球をして、薬物を使い、汚い風呂の栓を抜いている」と涙したことを振り返った。

 現在は週1回、尿検査と心理カウンセリングなどの治療を受けている清原氏。印象的だったのは、「自分では薬物をコントロールできていたつもりだった」という依存性の怖さだ。

 「自分は逮捕されたときも<薬物依存ではない>と思っていた。しかし、専門家から薬物依存だと宣告されたときにショックを受けた」

 「薬物依存になると、行動の優先順位が入れ替わってしまう。薬物を使いたいがために<小さな嘘>をつき始める。いまは、使用できる環境に身を置かないようにしている」

 そして、「自分自身だけの力でやめることは不可能だと思います」と断言した。
仕事のプラッシャーや孤独のつらさからクスリへ

 インタビューのなかでは、離婚後、息子と会えないつらさもにじませた。離婚後、週末に野球をしている息子の姿を観に行っても、帰りは別々。そのつらさから、薬物に手が伸びたこともたびたびあったようだ。

 しかし、このような自分が息子に会えたとしても、何を言えばいいのかは分からない、と涙を流して懺悔した。

 インタビューから垣間見えるのは、剛胆に見える清原氏が、実は繊細で仕事へのプラッシャーや孤独のつらさをごまかすために薬物に溺れていった姿だ。

 最初は、使えば元気になったような気がしても、結局一度使えば二度、三度......頻度やクスリの量をコントロールできなくなっていき、生活が破綻していく。

手を差し伸べてくれる人への恩返し

 言葉を選びながら「治療を終えても<薬物をやめた>とは言い切れない」と言う清原氏。薬物依存の恐ろしさが伝わる、衝撃的な内容だったのではないだろうか。

 プロスポーツ選手は、年を重ねて衰えていく自身と戦い続けなければならない職業でもある。いまにして思えば、清原氏の虚勢を張った態度や服装もその不安をかき消すためだったのかもしれない。

 <清原和博が嫌になった>という彼が、本心と素顔をメディアの前にさらし、もう一度、清原和博をやり直す決意を語った。

 後悔と懺悔の毎日の中で「いまでも手を差し伸べてくれる人、サポートしてくれる人への恩返しとして、一日一日を闘っていくしかない」と語る清原氏。<クスリを使用できる環境に身を置かない>ためにも社会とのつながりを不可欠だ。一世を風靡したかつてのヒーローの、真の社会復帰を願わずにいられない。
(文=編集部)