「パンドラ」キム・ナムギル“ヒーロー物ではなく、現実的な災難映画を作りたかった”

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「アイ・ウィル・ビー・バック」と叫び、溶鉱炉の中に消えるターミネーターはいなかった。「パンドラ」のジェヒョクは目の前で起こった災難から抜け出すためにもがき苦しみ、守るべき人を考え、何とか力を出した。それでも彼は恐ろしさとやるせなさに嗚咽した。

キム・ナムギルは現実的でありながら、胸の痛むキャラクターを誰よりも上手くこなそうとした。災難の現場を彷彿させる撮影現場で誰よりも情熱を注いだ理由だ。“被爆メイク”をしていない綺麗な姿のキム・ナムギルに会った。

―とても痩せたようだが。

キム・ナムギル:「パンドラ」では役のためにわざと体重を増やした。以前は都会の悪い男のイメージにこだわり、いつもてきぱきしていた。俳優には確固たるイメージが必要だと思っていたが、副作用もあった。今回の作品を通して、慶尚道(キョンサンド) 男子のツンデレな一面をお見せしたかった。また末っ子のキャラクターなので、地味な姿を作りたくて太った。撮影の間ほとんどシャワーも浴びなかった。もちろん歯磨きと洗顔はしたが。

―こだわっていたイメージから脱しようと思った理由は?

キム・ナムギル:軍隊の後、停滞期が来た。演技は向いてないとも思ったし、俳優をやめて何で生活していったらいいか悩んだりもした。考えてみると、周りの人は僕のことをとても強いキャラクターとして見ていた。力を抜いて、多様な姿をお見せしたいと思った。

―変身を強行するほど、キム・ナムギルが「パンドラ」に惹かれた理由は?

キム・ナムギル: 台本を見たら、エンディングに近づく程やってみたいシーンがたくさんあった。監督が「既存のイメージを脱して、君の楽な姿を見せようじゃないか」と提案してくれて、それに心が動かされたのもある。

―やってみたかったシーンを具体的に説明すると?

キム・ナムギル:たくさんのシーンがあるけど、特にエンディングのシーンが良かった。災難映画の中の主人公だけど、ハリウッドヒーローっぽくない現実的なキャラクターがよかった。恐ろしくて、凄絶な状況の中で、幼い子供のように「お母さん」と呼び、泣いている姿を上手く演じたかった。

―そうして“ジェヒョク”と会った。どう分析したのか?

キム・ナムギル:外国のヒーロー物では、死に際でも親指を立てて、ウインクをする。実際に、死に際の状況でクールでいられる人は何人いるか。現実的な災難映画を作りたかったので、ジェヒョクの韓国的な情緒に集中した。

―方言の演技が目立っていた。

キム・ナムギル:一度も使ったことがなかった。慶尚道の方言だったが、撮影現場にいた慶尚道出身のスタッフも、お互いのアクセントについて意見が食い違っていた。方言を使う度に、顎が先に動いてとても不自然だった。監督に、ソウルの文化が好きだから方言を使わないキャラクターに変えたらどうかという提案までした。結局、方言よりは情緒を伝えることを目標にした。6ヶ月位過ぎて、プライベートの場で先輩に慶尚道出身かと聞かれた。映画が終わった頃に方言に慣れた。

―体力的にも苦労が多かったと思う。

キム・ナムギル:原子力発電所に入る時に着ていた服が、閉所恐怖症を起こす。空気が通らないので息苦しい。1人で着ることも脱ぐことも出来ず、歯がゆい時もあった。でも先輩たちは重い酸素ボンベまで背負って、黙々と演技をしていた。辛いとは言えなかった。

―俳優と共に苦労し、現場の雰囲気は和気藹々としてそうだが。

キム・ナムギル:災難だった。現場の雰囲気が面白くて楽しいという言葉は嘘だ(笑) 緊迫した災難の状況を描かなければならないので、大声が飛び交い、困惑していた。声もよく聞こえないので、皆声が大きくなった。「こっちに移動しなさい」という言葉も怒っているように聞こえた。もちろん俳優同志の仲は一層深まった。

―一生懸命準備した作品だ。興行成績へのプレッシャーは?

キム・ナムギル:心を空にした。韓国は映画の興行基準を「100万人の観客」でみる。だから小さな映画はなおさら制作が大変だし、素材の多様性もなくなる。興行より重要なことがたくさんある。映画より情勢を優先させるのは当然だ。ただ「パンドラ」を見た人たちが、お互いにたくさん話し合ってほしいと思う。