パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり、派遣先に就業に行く契約となり派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「派遣社員を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

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今回は、都内で派遣社員として働いている吉田紘子さん(仮名・30歳)にお話を伺いました。紘子さんは、ナチュラルメイクにバナナクリップでまとめたセミロングの黒髪、ところどころに白髪が目立ちます。洗濯で少しくたびれた感じがする細ボーダーのカーディガンに、ユニクロのジーンズを合わせていました。ブランドムックについていたと言う大き目のトートバッグの中には、図書館で借りたと言う女性誌やDVDが入っていました。

「年末年始は家にほぼ引きこもっている」という彼女。宮城県の北部に位置する市で育ち、父親は路線バスの運転手、母は地元のスーパーでパートをして家計を助けていたと言います。帰省は年に1回で、年末年始やお盆など高速バスの値段が高くなる時期は避けるそう。

かつては、正社員として働いていたという紘子さん。派遣は“東京で暮らしていくための手段”という彼女に、どうして派遣で働いているのか聞いてみました。

「この季節になると、胃がキリキリ痛むんですよね」

派遣で貰える手取りが少ないため、地元に戻ることも考えたと言う紘子さん。しかし、実家には帰りたくない理由があります。

「地元に2つ年下の妹がいるんですけれど、26歳で結婚して子供もいるんですよ。実家は、妹夫婦が親と同居を始めているのもあって、帰りづらいんです」

彼女は、元々は“お嬢様学校”に通う成績優秀な生徒だったと言います。

「公立中学から、県内にあるキリスト教の女子校に進学しました。エスカレーター式だったので、地元にある大学に進学できたのですが、学内推薦で東京にある系列校の推薦が貰えそうだったので、上京を決めました」

東京のお嬢様学校での大学生活。一部の学生たちの優雅な生活が羨ましかったそう。

「地元でも裕福な家の子が(高校の)同級生に多かったのですが、東京の方はさらにレベルが違うと言うか。自然と中では大学から進学したグループと、内部進学と別れていましたね」

就職先の化粧品メーカーで待っていたのは女上司のイジメだった……

女子大時代は、他大学のサークルからの勧誘も多く、早々と結婚相手を見つけている人もいたとか。

「母親が、私が東京の方の大学に進学したのが嬉しかったみたいで、同級生の親とかにも自慢していましたね。仕送りが少なかったので、自分はチェーン系の居酒屋のバイトで忙しくて華々しい大学生活とは無縁でした」

親の期待もあり、金融業界を中心に就活を進めた紘子さん。しかし、希望職種での内定は難しかった。

「就活は、販売から製造業まで色々受けました。なかなか決まらず、4年の秋を過ぎた頃に、洋服なども扱っている化粧品のメーカーに就職しました」

“女の園”と呼ばれる化粧品メーカー。そこで待っていたのは、厳しい人間関係でした。

「とにかくいじめが酷かったですね。社員の9割が女性で、配属になった売り場の上司が、私のそばかすを見て“そんな顔で売り場に立つの”“目が小さくて寝てるのかと思った”と、結構、きついこと言ってきて。毎日、気が抜けませんでした」

店舗ごとにノルマがあり、達成できないとストレスで上司が嫌がらせをしてきたそう。

「売り場自体は、そんなに忙しくない方だったのですが、わざとストックの管理やデータ入力などを言いつけられて、トイレにも行けなくて膀胱炎になったり」

結局、日に日に上司の態度はエスカレートし、体調を崩してしまいます。

「最初に就職した企業は、2年勤めて配置換えもしてもらったのですが、自宅から1時間半かかる地方都市の店舗の配置になって……。学校帰りの高校生がテスター持って行ったり、高齢マダムが買うつもりがないのにメイクしてくれって言ってきたり。客層もあわなくて辛かったですね。休憩時間にトイレに籠って泣いたりしていました」

地元に残った妹を、羨ましく思うこともあるそう。

「妹は私と違って、社交的で友人も多いんです。地元意識が強かったので、私とは別の女子校に進学して、そのままエスカレーター式に付属の大学に進学して、一部上場企業の営業所に入社したんですよ。なんか、私の方が勉強もできたのに不公平だなって思いましたね」

紘子さんは、東京で生きていく決意をします。

「地元では、妹と比べて私の方が優秀で、東京の大学に進学した勝ち組のイメージなんですよ。就職か結婚で自分の方が上って思えるような結果が出るまで、帰らないつもりです」

長期の休みが続く場合は、あらかじめ1か月以上前から出勤日を計算し、単発バイトを入れる必要があるか検討するそう。

地元では名前を言うだけで誰でも知っている女子校の出身だという紘子さん。歯が痛くても医者に頼れない派遣社員生活とは……? その2に続きます。