箱根駅伝で史上最多“20人ごぼう抜き”が生まれた理由

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鶴見中継所から戸塚中継所までの23.1km。箱根駅伝で2区が走る距離です。最近では5区の山登りが注目されがちではありますが、2区にも独特の魅力があります。

その長い距離だけでなく、2区はアップダウンの多いコースとしても知られています。権田坂でのスパートは箱根駅伝の名物。

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さらに終盤には長い上り坂があるため、持久力とスピードだけでなく、最後の最後で力を出し切れる名実共に力のある選手でないと、この区間はつとまらないのです。

また1区でのあるあるですが、同区間では各校の差がつきにくい区間。ですので、一気に多くの選手が鶴見中継所で襷リレーを行うことも。そこで実力者たちが2区で競いあう。

これまで、この2区では様々なドラマがつくられてきました。

駅伝ファンをうならせるのは、1993年〜95年にかけて実現した「新鋭校の留学生エースVS伝統校の日本人エース」の構図ではないでしょうか。その当時の熱い戦いが、書籍『図解 箱根駅伝』で紹介されています。

これは、山梨学院大学のステファン・マヤカ選手と早稲田大学の渡辺康幸さんの戦い。共に1年生だった1993年の戦いは2区での激突。

首位を走る渡辺は2位のマヤカ選手に1位を奪われずに走りきるも、マヤカ選手は渡辺選手に22秒の差をつけて区間賞獲得。総合優勝は早稲田大学となりました。

94年はマヤカ選手が2区で区間賞、渡辺選手は1区を担当し区間新をもぎとりました。優勝は山梨学院大学に。

そして、95年。この年は再び2区での対戦が実現。1位でスタートしたマヤカ選手は、渡辺選手に2分1秒の差をもって襷を受け取りました。

9位で襷を受けた渡辺選手。しかし、ここからの2人が凄かったのです。マヤカ選手はこの状況下で1時間7分20秒の快走をみせ区間新記録を達成。

しかし、日本の伝統校のエースである渡辺さんが、その数分後にさらに区間新記録を達成。1時間6分48秒という走りを見せ、チームを2位におしあげたのです。

その勢いのまま早稲田大学が往路優勝。しかし、総合優勝は、今度は山梨学院大学がとるという、何とも熱い展開がまっていました。こういった激闘が見られるのも、エースがそろう2区ならでは。

さらに過去にはこの2区では、大胆な“ごぼう抜き”が見られています。

同書でも解説されています。日本人のごぼう抜きで記録をもっているのは、村澤明伸さんが達成した“ごぼう抜き”。2011年に2区を担当した村澤さんは、なんと17人も抜き去ったのです。

大会自体の最高記録は20人。これは、2009年にキダウ・ダニエルさんがみせたもの。なぜ、このような大胆な“ごぼう抜き”が生まれたのでしょうか。これにはいくつかの理由があると同書で分析されています。

そもそも、ダニエルさんの走力があるのも間違いないのですが、例年のようにこの時も1区がだんご状態。ダニエルさんが襷を受けたのは22位。そして、TOPとの差は1分46秒しかありませんでした。

つまり、持ち合わせた走力にプラスして、参加校が多く、後方で襷を受け、目の前のランナーが団子状態になっていたという好条件があったのです。

最近の大会では山登りの5区に注目が集まりがちですが、2区では様々な見どころがあるのです。なかなか見られない“ごぼう抜き”ですが、今大会は同様のドラマは生まれるでしょうか。

箱根駅伝の開催まで、あとほんの少しです。