「私、彼のことが、好きだ……」。今冬、ひとりの男性に心揺さぶられています。この特別な感覚、昔は大好きだった元夫と出会った25歳の夏以来かもしれません。となると、実に4〜5年ぶりでしょうか。長きにわたって、心が不感症になっていたような気がしてなりません。

でも、今回の「好き」という感覚はそれとは似て非なるものらしい。というのは自分自身に「彼と付き合いたい!」というアツい願望がないからです。彼を彼の恋人から略奪し、独り占めしたい、とまでは思っていないんです。

ただ、彼を好きでいることが幸せで、彼と関わるひとときに心癒されているのは事実。「明日、彼と会うな〜。うふふ」と気持ちがアガります。必要な用事があって顔を合わせるだけなのに、なんだか気分や肌の調子がいいという魔法。そんなわけで、この状態がよき形で継続し、お互いに前進していけたら最高だな、と明るい未来を妄想するのみ(健全)。

好きな人がいるだけで、毎日が潤いであふれる

彼と同じ空間で過ごし、事務的な内容から雑談的なものを含め、なんらかの会話をするたびに、心がやわらかくほぐれていく感覚があって、それがとても心地よくて、なんて素敵でデキた人物なんだろう……と感動しっぱなし。

この感想は、彼の醸し出す人懐っこい雰囲気や高いコミュニケーション能力など、彼の持つ各種スキルが生み出すもので、私はとくになにをしているわけでもありません。この人とはテンポが合うかもしれない、と気持ちいい錯覚を起こさせてくれるのも、彼の器の大きさが影響していることでしょう。

彼と「男と女」にならなくていい。ただ、人として付き合いたい、というか、関わっていたい。それだけで、現在の自分自身や日々が満たされています。肌の奥底まで化粧水がたっぷり染み込んだ感じ。そして、その状態に満足しているわけだから、しばらくはこのままでいい。

たった1人を選んで付き合う、という奇跡

若いときは、好きな人ができたら「なにがなんでも付き合いたい!」と念じ、とにかく焦っては、空回りしていた苦い記憶があります。自分が相手と恋人関係になりたいと強く望んでいても、双方が同じ気持ちだとは限らないというのに。

それなのに、付き合いたい欲を全面に押し出すと、引かれてしまうのも当然のこと。誰も必死な人間から追いかけられたくなんてないんです。怖いから。一方、相手にその意思が多少あったとしても、両者間で恋い慕う熱量に差があると、それはそれでうまくはいかない。

自分のコントロールが及ばない、自分とは異なる感情や感性を持つ他者が関わる人間関係は、ある意味で仕事よりも難易度が高いなと思わされることがあります。

付き合わないけれど、好き。それでも十分幸せ

付き合う、とは契約書を結ぶわけでもなく、結婚とは違って法律的な縛りもない概念ですが、それでも恋愛という世界のなかで、1対1で真摯に向き合うことが求められます。今すぐに、その関係性や状態がほしいわけじゃない。

たった1人を選ぶこと、たった1人として選ばれること、出会って恋に落ちることが、いかに難しいことか、歳を重ねるにつれて実感するようになります。人は日々進化し続けていて、経験とともに視点やものさしが研ぎ澄まされ、唯一無二の1人と巡り合う奇跡は、そうそう起こらなくなるから。

それなら、付き合うという選択肢とは無縁の「好き」があってもいい。単なる「好き」を満喫してみる、というわけです。

生きていると楽しいことのほうが多いけれど、ハードなことにぶち当たることも少なくありません。でも、心をほわっとやわらかくさせ、優しい気持ちにしてくれる――そんな好きな人がいるだけで、人生に潤いがもたさされる。「付き合わない。でも、好きな人」に心踊らせる暮らしもなかなかいいものです。