不眠に悩んだ時期も…プロスケーター・鈴木明子の自然体で生きるコツ

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トップクラスのフィギュアスケート選手として、2度のオリンピック出場を果たし、数々の国際大会で華々しい活躍をしてきた鈴木明子さん。2014年の世界選手権を最後に引退し、現在はプロスケーター・解説者、振付師など幅広く活動をしています。
フィギュアスケートは全身を使って演技をし、技術・表現力で芸術性を競う競技。常に身体や精神状態をベストに保つ必要があり、感覚が少しでもズレるとジャンプの精度に影響が出ます。長距離移動や時差ボケ、遠征先の食べ物や文化の違いによる心身への負担を最小限にとどめなければなりません。優雅に見えるけれど、本番では常にベストパフォーマンスを求められる厳しい競技の世界で、鈴木さんはどのように心身のコンディションを保ってきたのでしょうか。

目次


1.“緊張を楽しむ”ために…スケートに全てをかけた現役時代
2.眠ることすら困難に…摂食障害の苦しみ
3.五輪のプレッシャーで不眠に! 引退して変わったこと
4.2016年は“変化の年”。これから始まる新たな挑戦
5.【パジャマ&アザーカットギャラリー】

 

“緊張を楽しむ”ために…スケートに全てをかけた現役時代

“緊張を楽しむ”ために…スケートに全てをかけた現役時代
フィギュアスケートは優雅な見た目とは裏腹に、スケート技術のみならず、プログラムを滑りきる体力や身体の軸がぶれないように支える筋力が求められる、とてもタフな競技です。現役当時の鈴木さんも、体力トレーニングに明け暮れる日々でした。「練習は、毎日午前中に2時間、休憩を挟んで夕方に1時間半。スケートの練習の合間には体幹トレーニングを行うというスケジュールでした。オフは週1回だけでしたが、休日も翌日の練習の準備に充てるほど、スケートのことばかり考えていましたね」(鈴木さん)

 

フィギュアスケートは、大会への出場や日本国外を拠点とする外国人コーチのもとでトレーニングを行うこともあるため、海外遠征が頻繁にあります。例えば、トップクラスの選手が集結する「ISUグランプリシリーズ」は、6カ国で開催され、選手たちはそのうちの2試合に出場し、「ISUグランプリファイナル」への出場権を獲得するために競います。さらにその合間には、チーム対抗の「四大陸選手権」や「アイスショー」なども。
そんなハードなスケジュールの中で選手たちは、常にベストコンディションで演技をすることが求められます。身体の感覚がズレないよう、鈴木さんがとくに骨を折ったのが、時差に適応することだったそう。

 

「海外遠征のときは、どうしても感覚が狂ってしまうので、飛行機の中でしっかり眠れないと辛かったですね。睡眠不足はもちろん、時差ボケも演技に大きく影響するので、時差調整にはかなり気を使っていました。私が実践していたのは、移動先の時間に合わせて機内での睡眠時間をずらすという方法。日本時間ではなく現地時間に合わせて、出国してすぐに眠るか、少し我慢してから眠るかを決めていました」(鈴木さん)

 

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アスリートはとくに食事に気をつける必要があります。よく日本から和食を持っていくというスポーツ選手もいますが、鈴木さんの場合は「現地の食を楽しむ」ようにしているのだそう。ただ、お腹を壊さないように、生ものを避けたり、水に気をつけたりしているそうです。
毎日のトレーニングに加え、そうした細心のコンディション調整を行って迎える試合。それでも、「緊張しなかったことはない」と鈴木さんは言います。

 

「コーチには、“緊張を楽しめ”というよく言われていました。私が肝に銘じているのは、 “『緊張を楽しむ権利』は努力した人にしか与えられない”ということ。緊張している状態でも、最高の演技ができる自分でいられるように、『緊張を楽しむ権利』を得るために、日々、練習を重ねていました」(鈴木さん)

 

寝ても覚めてもスケートのことを考え、緊張を楽しめる境地まで練習に打ち込む…可憐な姿からは想像できないほど、熱くストイックに競技に向き合ってきた鈴木さん。しかしその性格が影響したのか、大学入学と同時に、“ある病”に苦しむこととなってしまいました。

眠ることすら困難に…摂食障害の苦しみ

眠ることすら困難に…摂食障害の苦しみ
鈴木さんが陥ってしまったのは、精神的なストレスなどによって心身の健康に深刻な影響を及ぼすとされる「摂食障害」。鈴木さんは、「拒食症」と呼ばれる、食べ物を受け付けなくなってしまう症状に苦しんだと言います。「中学校時代からお世話になっていたコーチの指導を受けて、世界の舞台で戦える選手を目指すために、仙台で一人暮らしをはじめたのですが、急激な環境の変化からくるストレスや、完璧主義すぎる性格が仇となってしまったんです」
 
フィギュアスケートの技術や表現力をさらに磨くために、「体重を管理しなくちゃ」「痩せなくちゃ」という思いが、鈴木さんを過度のダイエットへと走らせ、やがて食欲も湧かないほどに…。体重は1ヵ月で8キロ、その後も減り続けて一時は30キロ台にまでなり、リンクに立つことができなくなってしまいました。
 
「精神科で摂食障害と診断され、入院をすすめられるほどでした。でも、私はリンクの上に戻りたかった。入院してしまったら、健康な水準まで体重を増やすことだけが目的になってしまいます。それでは、退院後に競技に復帰できるか分からないので、私は自宅での治療を選択しました」(鈴木さん)
 
スケートリンクは自分自身を表現できる大切な居場所。大好きなその場所にもう一度戻りたいという一心で治療に励むのですが、すぐには結果に結びつかなかったと言います。
 
「まともに食べることができず体力が落ちていたので、横になって休んでばかりいました。すると、いつしか夜に眠れなくなってしまったんです。寝られたとしても、3時間位で起きてしまう…。当時は睡眠薬を服用して無理矢理に睡眠をとるという毎日でした」(鈴木さん)
 
改善の兆しが見えてきたのは、お母様との話し合いで「いっしょに頑張っていこう」と、お互いに病気を受け入れたころだと言います。始めは自分の作った食事を食べさせようとしていたお母様も、「まず食べられるものからでいいから」と言ってくれるようになったそう。
治療が進み、少しずつ食べ物を口にすることができるようになると、体力も徐々に戻ってきました。
 
「体力がついて動けるようになることで、夜には自然と疲れて眠くなるようになりました。それからは、夜に起きてしまうことはなくなりましたね」(鈴木さん)
 
家族の支えとスケートへの情熱で、鈴木さんは1年の休養を経てリンクへ復帰。2007年には、ユニバーシアード冬季大会で優勝。苦難を乗り超え、完全復活を果たします。
 

五輪のプレッシャーで不眠に!引退して変わったこと

五輪のプレッシャーで不眠に!引退して変わったこと
「実は私、その後も不眠だった時期があるんです」と鈴木さん。再びつらい不眠に悩まされたのは、ソチ五輪前の2年間のことでした。「どこにいても、何をしていても常に気が抜けない緊張状態が続いていて、しっかりと眠れていなかったんです。そんな状態のまま練習をしていたら、ある時急にめまいを感じてしまって…。練習中だったので、そのまま無理してジャンプを跳んだら、ヒザから落ち、骨にヒビが入ってしまいました」(鈴木さん)
 
このままではまずいと、ついに医師の診療を受けた鈴木さん。ドーピング検査で禁止とされている物質が含まれないよう薬を処方してもらい、不眠を少しずつ治療していったそう。
 
「当時は、薬に頼ってはダメだとか、こんな状態じゃアスリート失格だ、と思っていました。でも、やっぱり睡眠がとれないと感覚が狂ってしまうし、メンタル面にも悪い影響が出てしまいます。やっぱり、食べること・眠ることは人としての基本なのだと思います」(鈴木さん)
 
4年に一度の舞台、しかも国を背負う代表…そのプレッシャーは想像を絶するものがあります。そうしたプレッシャーとの戦いも、トップ選手の宿命なのかもしれません。
 
プロ意識が高く、完璧主義だった鈴木さんですが、「引退して、すごく自然体になれたんです」と話します。
引退してしばらくは、深夜にフィギュアスケート解説者の仕事が入るなど、あまり眠れない日も。これまでの鈴木さんなら、「眠らなきゃダメだ」と思うところですが、今は「眠れなくても焦ることはない」のだとか。
 
「眠れなければ、スキマ時間で睡眠をとって補えばいいと考えられるようになりました。ゆるく、無理せず、身体に良いことを…という考え方に変わりましたね」(鈴木さん)
 
現在は平均7時間程度の睡眠時間をとっているそうですが、週に1〜2日は仕事のため十分な睡眠時間が取れないことも。そんなときは、空き時間に大好きなマッサージへ行き、施術を受けながら爆睡することもあるといいます。
 
もともと睡眠を大切にしていた鈴木さん。寝具に特別こだわったりしているわけではないそうですが、お気に入りのブランケットは欠かせないアイテムなのだそう。
 
「アロマが好きなので、ブランケットにピローミストをふりかけて、香りを感じながら寝るのが好きです。そのブランケットがあると、落ち着きますね」(鈴木さん)
 
また、鈴木さんはお風呂好きでも有名。寝る前には必ず、湯船に浸かるのが習慣です。
 
「いつも30分くらい湯船に浸かって汗を流すんです。ファンの皆さんから入浴剤などバスグッズをたくさんいただくので、色々な種類を試せて楽しく、とてもありがたいです!」(鈴木さん)
 
色々な形で香りを楽しんだり、入浴でしっかり身体を温めたりと、眠る前に上手にリラックスしている鈴木さん。いつも素敵な笑顔は、こうした日々の習慣から生まれているのかもしれません。
 

2016年は“変化の年”。これから始まる新たな挑戦

2016年は“変化の年”。これから始まる新たな挑戦
「2016年は私にとって変化の年でした」と語る鈴木さん。2015-16シーズンから、振付師としてもデビューを果たしました。「振付をすることで、今まで私をサポートしてくれていた人たちの気持ちがとてもよくわかりました。人を輝かせるお手伝いができるのって、本当にうれしく、やりがいがあるんです。今までは自分自身で表現して喜びを感じていたけれど、他人の魅力を引き出すという違った形の喜びを感じられるようになりました」(鈴木さん)
 
たくさんの舞台を経験してきた鈴木さんも、振付師としてはまだまだ駆け出し。今までと違う立場になったことで、難しく感じることも。
 
「私が良いと思ったことでも、振り付ける選手にそれが一番合っているとは限らない。振付師はアイディアの引き出しが多くないと。まだまだたくさんの経験をして、引き出しを増やしていかないといけないなと思っています」(鈴木さん)
 
現在は全国で精力的に講演なども行っている鈴木さん。「聞いた人が“明日も頑張ろう”と思えるような話ができたら」と、活動を行っています。
 
「実は人前で話すのは、そんなに得意ではないんですが、喋ること自体は好き。これからもっと話術を磨いて、より多くの人の心に、深く届くようなお話ができればと思っています」
 
プレッシャーや病気との戦いの中で、睡眠、そして健康の重要性を痛感した鈴木さん。これからはそうした経験を、後輩たちや全国の人たちへと伝えていこうと活動しています。
 

【眠りの黄金法則】

海外遠征時は、現地の時差に合わせて睡眠時間をずらし、時差ボケ防止睡眠はなるべく7時間とるが、難しい場合はスキマ時間を上手に活用寝具は特別なものではなくても、自分に合うもの、お気に入りのものを使う

【ウィークデーの平均睡眠時間】

平均7時間

【睡眠タイプ】

睡眠時間は確保しつつ、眠れなくても焦らずゆったり自然体でいるタイプ
鈴木明子さんのフミナー度は『15%』、今はフミナー度は低いレベルです。bnr_list_check

 

【パジャマ&アザーカットギャラリー】

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<衣装協力>
パジャマ・インナーウェアのナルエー