専門知識不要! 2017年は「家計簿」より「家庭決算書」

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■家計簿、110年の効用と限界

家計管理ツールといえば長年「家計簿」が定番でした。最近ではたくさんの家計簿アプリが開発されており、節約志向の高い20代の利用者がとくに増えていると聞きます。

日本で家計簿が創刊されたのは明治37(1904)年。創案者は婦人之友社創立者の羽仁もと子さんです。110年を超える長い歴史をもつ家計簿は、その目的や効用が創案者の言葉によく表れているので引用してみます。

「家庭経済の第一歩は、清らかな収入の道をはかり、よい費目分けの予算をつくり、各費目の予算を照らし合わせて、日々の支出を記帳してゆくことです。一家の経済は決して私事ではありません。健全にして発展性に富む一つの家の経済状態は、そのまま直接に有力な社会を造る力強い材料になるばかりではありません。たとえばどんなに少額でも、そのようにして作り出した余裕を以て、親族朋友の貧しさを補い、そして社会のために必要なさまざまな事業を助け、或いはつくり出す力ともすることが出来ましょう」

格調高い文章の中に、健全な家庭を経済面からもつくっていきましょうという意気込みが読み取れます。ともあれ、家計簿の要諦は予算を立ててそれを守り、家計に余裕を生むことにあります。

家計簿は、長い間、日本人の家計管理に対する考え方に多大なる影響を与えてきました。創案から110年以上経った今日も、創案者が掲げた理念はまったく色褪せるものではありません。しかし、日本の社会や経済、会社や家族のあり方が大きく様変わりした今日、家計簿で提供される家計データだけで家庭経営の舵取りが本当にできるのでしょうか。

■「子育て」にはお金がかかる

バブル崩壊以降の四半世紀で、日本のビジネスマンを取り巻く外部環境は大きく変化しました。最大の変化は経済成長の鈍化・停滞です。このため、給与は年功的な安定性をもって上昇することはなくなり、マイホームなどの資産価格も一般的には上昇せず、預貯金金利は0%に近しい状況が続いています。

デフレの時期が長く物価も上がらなかったから、給与が上がらなくてもさほど生活に痛みが出ないはずだ、と考えるのは誤りです。一例を挙げれば、子育てを経験した方は実感されているように、子供の成長とともに食費や被服費などの日常生活費は膨らんでいきます。また塾やお稽古ごと、部活にかかる費用などの教育費も増加していきます。さらに大学進学ともなると、金融広報中央委員会のHPによれば、子供を自宅から大学に通わせ場合でも4年間で一人当たり500万円を超える教育費がかかり、一人暮らしをさせて私立大学に通わせた場合の教育費は一人当たり1000万円を超えるとされています。

つまり、景気動向に関係なく、家族のライフステージが変化することで否応なく増加する支出があるのです。そして、一般的に40、50代は人生でもっとも支出が膨らむ時期といえるでしょう。

■複式簿記を利用した「家庭用会計ソフト」

私が15年前に開発した「家庭決算書」(http://www.kateikessan.co.jp/)は、企業会計で用いられている複式簿記を採用しています。家庭決算書の最大の特徴は、企業会計でいう「貸借対照表(バランスシート)」が自動生成される仕組みにあると思います。家庭決算書ではそれを「財産対照表」と名づけています。

家計簿をつけている方の多くが、預貯金や有価証券投資など資産の残高状況を「資産表」などの別表で管理していると思います。しかし、資産表の残高を正確に把握しようと思えば、取引の都度、手入力で残高を変更する必要があります。なぜなら単式簿記の家計簿は日々の支出の記帳と資産表との間に連動性がないからです。それはかなり手間のかかる作業なので、資産表をつけている方も、年1回とか半年に1回とか、周期的に見直して残高を確認しているにすぎないのではないでしょうか。

家庭決算書では、日々の取引を入力すると、収支(より正確には消費損益)を管理できる「消費損益計算書」と、資産や負債、財産の状況を管理できる「財産対照表」が自動で連動して生成されます。これは家庭決算書が企業会計で用いられている複式簿記をベースに開発しているから可能になったことです。

住宅ローンや教育ローンなどの負債を抱えその残高が毎月変わる人、有価証券投資など資産運用を行っていて運用残高やその時価評価額が毎月変わる人など、家計の財産状況が毎月変動する人が、その状況をいつでも正確に、一元的に管理するツールとして開発したのです。

■家計にも「バランスシート」が必要だ

私が家庭決算書を開発するきっかけとなった出来事があります。

あるビジネスマンの方からこんな相談を受けました。お子さんが大学に進学されたので、預金を取り崩して入学金等に充てた。これから学費もかかるし、下の子も大学受験を控えている。このままだと老後のために蓄えてきた預貯金が底をつき、定年退職後の生活に支障をきたすのではないかと不安に思っている、というものでした。

私は「ところで、住宅ローンの残高はいくら残っているのですか」と質問しました。ご自宅を売却して教育費や老後資金に充てるという選択肢も視野に入れておくべきだと考えたからです。すると、「いやー、毎月の支払額は知っているけど、ローン残高までは……」との返答でした。

私は愕然としました。

大学進学という比較的予測や計画がしやすいライフイベントだけでなく、けがや病気で収入の道が途絶えた、勤めていた会社が倒産した、リストラに遭遇した、そんな最悪の事態に陥ったとき家計はどうなるのか。家もクルマも貴金属も、ともかく売却可能な資産をすべて売り払い、その中から借金を全額返済したとき手元にいくらお金が残るのか、つまり資産から負債を引いた財産がどれくらいあるのか、その会計情報を把握しないで家庭経営の舵取りをすることはできないはずです。

会社経営を思い浮かべれば当然のことです。財務諸表なしに、経営者は正しい意思決定を下すことはできません。財務状況を大雑把にでも把握していない経営者がいるとしたら、その人は経営者失格といわざるをえません。

しかし、私が愕然としたのは、相談者が住宅ローンの残高を知らなかったからではありません。相談者が特別な人ではないこと、特別どころか、一般的、標準的な人なのだと気づかされて愕然としたのです。思えば当たり前のことです。日本には複式簿記で家計を管理する手法もツールも存在していなかったのですから、家計にバランスシートが存在するはずがありません。それが家庭決算書を開発したきっかけでした。

■クレジット、電子マネーも一元管理

単式簿記の家計簿と比較したとき、家庭決算書にはもう一つ大きな特徴があります。それは、クレジットカードや電子マネーを利用したときの計上方法です。

家計簿は、毎月の給与を当初の残高あるいはその月の予算総額と見立てて、そこから使った分を差し引き、月末の残高がマイナスにならないよう(少しでも預貯金を増やせるよう)家計支出を管理していくツールです。このため家計簿は、預金通帳の残高や財布の中の現金残高を見ながら、使いすぎはないか、あるいは記帳漏れはないかをチェックしていきます。したがって、家計簿をまじめに記帳している方にとって、クレジットカードの利用や電子マネーの利用は少し頭の痛い問題です。予算管理や検算がしづらくなってしまうからです。

ごくたまにしかクレジットカードを利用しない人であれば、たとえば今月購入した3万円の商品の銀行引き落としが翌月あるということを記憶しておけば、さほど困ることはないかもしれません。ところが、クレジットカードを毎月頻繁に利用する方は、先月利用した金額が今月決済されて預金残高が減るので、先月利用して今月決済される金額と、今月利用して来月決済される金額を別表で把握しておかないと、決済日に預金残高が足りなくなるという事態にもなりかねませんし、何より検算や予算管理ができなくなってしまいます。家計簿は単式簿記を利用しているため、今日の多様化した決済手段を一元的に管理するツールとしては限界があるのです。

企業の商取引では、たとえば仕入商品の納品日と仕入代金の支払日がずれる場合がほとんどです。このとき、簿記の知識がある方はご存じのように、経理上は仕入金額をいったん費用(仕入)と負債(買掛金)に計上し、代金支払日に資産(預金)と負債(買掛金)を減額します。こうした経理処理を行うことによって、いつでも正確な現預金残高と未払い金残高の把握が可能になります。

クレジットカードを利用した取引は、商品購入日のあとに決済日があります。反対に、電子マネーを利用した取引は、チャージ日のあとに商品購入日があります。このように購入日と支払い日に日ずれがある取引を正確に管理するためには、企業会計のように複式簿記で記帳するしか方法がないのです。

■入力はカンタン、専門知識は不要

少し余談になりますが、世界中のすべての企業(法人)が複式簿記で会計管理を行っているのですから、私はもっと多くの方に複式簿記の仕組みを知ってほしいと考えています。しかし、多くの方が簿記の勉強をするのは大変だと思っていることも承知しています。複式簿記の仕組みそのものはシンプルなのに、簿記で使う専門用語や記帳のルールが難解なのがその原因だと思っています。借りてもいないのに「借方」、貸してもいないのに「貸方」という専門用語を使うのはその難解さの一例ですが、要するに複式簿記は敷居が高くて取っ付きにくいのです。

それで、家庭決算書では専門用語を用いず、また簿記や会計の知識がない方も利用できるようにさまざまな工夫を凝らしてあります。たとえば家庭決算書の記帳(入力)作業自体は、家計簿とほとんど変わりがありません。ある商品を購入したとき、その代金を現金で支払ったのか、光熱費のように銀行引き落としで支払ったのか、あるいはクレジットカードを利用したのかを選択することで、あとは自動的に仕訳をしてくれるようになっています。

家庭経済が最悪の状況に陥っても家族を守り家庭を経営していこう。月々の収支や単年度の予算管理だけを意思決定の判断基準にするのではなく、中長期的な視点をもって家庭を経営していこう。そのために正確な家庭会計情報を持とう――。そういう経営者感覚をお持ちの方にぜひ試してもらいたいツール、それが「家庭決算書」です。

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依田宣夫(よだ・のぶお)
公認会計士・税理士・AFP
1947年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、民間企業勤務等を経て、監査法人中央会計事務所(当時)に入所。84年、公認会計士登録。85年、税理士登録。依田会計事務所を設立し、現在に至る。著書に、『家庭決算書』『「ジリ貧」家計 「安心」家計』、『新・家庭経営』『複式簿記がわかる 「イブと花子」の簿記物語』ほか多数。有限会社家計会計協会を設立し、「家庭決算書」の普及ならびに日商簿記3級の合格支援にも尽力している。「家庭決算書」の詳しい内容を知りたい方はこちらへhttp://www.kateikessan.co.jp/

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(公認会計士・税理士・AFP 依田宣夫=文)