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●地球を覆う700機の人工衛星がつなぐインターネット
ソフトバンクグループ(ソフトバンク)は12月19日、人工衛星を使って全世界に高速インターネットの提供を目指す宇宙企業「OneWeb」(ワンウェブ)に、10億米ドル(現在の為替レートで約1172億円)を出資する、と発表した。すでにOneWebの株主となっている他企業からの出資と合わせ、総額は12億米ドルになり、これによってOneWebは衛星を製造する工場の建設が促進されるとしている。

OneWebという名前や、衛星を使ったインターネットと聞いてもあまり馴染みのない人も多いかもしれないが、そこには、すべての人類の生活を大きく変えるかもしれない大きな可能性が秘められており、OneWeb以外にも挑戦する企業が出てきている。

○「残りの30億人」

私たちの生活にとって、インターネットはもはや、なくてはならないものになった。日常の連絡からゲーム、仕事まで、朝起きてから夜寝るまで、ほとんど常になんらかの形で利用している。

私たち、と書いたが、世界にはまだその言葉のなかに含まれない人々がいる。日本ではほとんどの家庭にブロードバンド回線が普及し、街中から山の中に至るまで電波が行き届いている。日本の一部の地域を含め、世界中にはまだインターネットが行き届いていない場所がたくさんある。

こうしたインターネットを使える人、使えない人との格差を、「ディジタル・ディバイド」(情報格差)という。一説には、世界の人口約70億人のうち、半数にあたる30〜40億人が、まだインターネットを使うことができないと言われている。この格差を埋め、世界中の人々がインターネットにつながるようになれば、世界は大きく変わることだろう。そこで、グレッグ・ワイラーという人物が立ち上がった。

しかし、世界中の人々がインターネットにつながるようになるということは、海の孤島からジャングルの奥地、南極から北極、あるいは情勢が不安定な場所にまで回線を引かねばならないということである。そのような場所すべてに、日本のようにいちいち回線を引くことは難しい。ワイラー氏はかつて、相次ぐ紛争や戦争でインフラがずたずたに引き裂かれたアフリカのルワンダで、携帯電話や有線によるインターネットを引く事業を手掛けたことがあり、その難しさは誰よりもよく知り尽くしていた。

そこでワイラー氏は人工衛星に目を付けた。宇宙を飛ぶ人工衛星から電波を使ってインターネットを提供すれば、海底や山にケーブルを引く必要もなければ、国境も関係ない。彼は2007年に「O3b」という会社を立ち上げ、赤道上の高度約8000kmの軌道に複数の衛星を乗せて、インターネットを提供するサービスを始めた。O3bという社名はOther 3 billion(残りの30億人)、すなわちインターネットが行き届いていない30億人、という意味が込められている。

O3bの衛星は2013年と2014年に計12機が打ち上げられ、2014年から正式にサービスが始まっている。このあとも予備機などの打ち上げが続き、最終的には20機ほどが打ち上げられる予定となっている。

もっとも、O3bは赤道上をまわるため、その電波が届くのは赤道を中心とした地域だけである。赤道上が選ばれたのは、インターネットが未発達な国が赤道近くにあることが大きな理由で、実際これらの地域では大きな役割を果たしているが、O3bだけでは、文字どおりの意味で全世界にインターネットを届けることはできない。

そこでワイラー氏は次の一手として、地表から高度1200kmの、地球を南北にまわる複数の軌道に約700機もの人工衛星を打ち上げ、地球を覆うように衛星で埋め尽くして、地球のあらゆる地域に光ファイバー並のインターネット通信を届ける「OneWeb」を立ち上げた。これが実現すれば、地球のどこでも空を見上げれば常に複数のOneWebの人工衛星が存在することになり、端末さえあれば、無人島だろうがジャングルの奥地だろうが、いつでもどこでもネットにつなぐことができるようになる。

○低軌道通信衛星の利点

ところで通信衛星というと、これまでは静止軌道に打ち上げるのがおなじみだった。静止軌道とは、地球の赤道上高度約3万5800kmにある軌道で、衛星が地球をまわる動きが地球の自転と同期し、地球から見るとまるで空の一点で静止しているかのように見えることから"静止軌道"と呼ばれている。

この軌道に打ち上げた人工衛星から電波を飛ばせば、衛星のアンテナも、それを受け止める地球のアンテナも、基本的には動かさなくて良い。自宅に衛星放送用のお皿のようなアンテナを設置している方も多いだろうが、あのアンテナが屋根やベランダに、ある一方向を向けて固定されているのはそのためである。

しかし、静止衛星は利点ばかりではない。まず静止軌道は力学的に赤道上にしか存在しないため、赤道から遠い高緯度地域に電波を飛ばすことは苦手で、またそれほど緯度が高くなくても、静止軌道から電波が来る方向(たとえば日本だと南方向)に高い山やビルなどがあると、電波が遮られてしまうこともある。

また高度も同様、力学的に3万5800kmの上空にしか存在し得ない。3万5600kmというと、月までの距離の1/10ほどに匹敵するため、光の速さで飛ぶ電波でもわずかに遅延が発生する。今でこそ海底ケーブルのおかげであまり見なくなったが、昔のニュース番組ではこの遅延のために、日本のスタジオと中継先の米国とのあいだで、少しちぐはぐな会話になるようなことがよくあった。また、距離が遠いということは電波も弱くなってしまうため、衛星から強力な電波を出したり、地上のアンテナを大きくしたりといった工夫も必要になる。

では、静止軌道より低い高度700〜1200kmあたりの低軌道に衛星を置くとどうなるだろうか。まず静止軌道ではなくなるため、地上のある場所から常に通信をつなごうとした場合、数多くの衛星を打ち上げて、その場所の上空を通過する衛星が次々に通信をバトンタッチするような仕組みにしなければならない。この点は、1機のみでも常に通信し続けることができる静止衛星に比べて不利な点ではある。

しかし、衛星は赤道上以外も飛ぶため、高緯度地域はもちろん、南極や北極でさえ、ほかの地域とまったく同じように通信をつなげることができる。また上空に複数の衛星があることで、電波が山やビルに遮られることはない。さらに衛星の高度が低いということは、地上との距離が近いため、通信の遅延も少なく、おまけに衛星が出す電波の強さは弱くて良いので小型衛星でも十分で、それを受け止める地上側のアンテナの大きさも小さくて済む。

OneWebのような全世界への通信を目的とした低軌道衛星は、地球を南北にまわる軌道に何十機、何百機、あるいは何千機という数の小型衛星を投入する。イメージとしては、みかんの実を地球とするなら、その身を分けている筋の一本一本が衛星が通る軌道で、それぞれの筋を何機もの衛星が飛び続ける、という感じになるだろうか。これにより地球は人工衛星で覆われ、全世界にインターネットなどの通信を提供することができる。

○死屍累々だった低軌道衛星通

実はこうしたアイディアはOneWebが初というわけではない。静止衛星にはない利点や、あるいは複数打ち上げないといけないという欠点を補ってあまりある大きな利点などから、低軌道衛星による全世界への通信サービスはかねてよりいくつも立ち上げられている。しかし、その歴史は散々なものだった。

複数の低軌道衛星を使った通信サービスのパイオニアとなったのは、1998年に設立されたイリジウムという会社である。イリジウムは約70機もの人工衛星を使い、登山中や海上の船など、世界のどこからでも携帯電話がつながる「イリジウム携帯電話」というサービスを提供している。

同様のサービスは、人工衛星の大きさや軌道などにやや違いはあるものの、グローバルスターやオーブコムといった企業も提供している。

また同じ1990年代には、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏や、携帯電話のパイオニアの一人であるクレイグ・マッコウ氏らが、880機もの衛星からなる衛星インターネット計画「テレデシック」を立ち上げている。

しかし、イリジウムは今も事業こそ続いているものの、設立直後わずか数年で一度破産しており、グローバルスターやオーブコムも軒並み破産を経験している。そしてテレデシックも最終的には計画倒れに終わり、実現には至っていない。

その理由はいくつかあるが、おおよそ共通しているのは、まず人工衛星の開発や打ち上げにかかるコストが高いこと、その影響でサービスの利用料金も高かったこと、さらに衛星と通信をやり取りする端末が高価で大きく、入手性や持ち運びやすさに難があったことがある。

なにより、これらの計画が立ち上げられた1990年代前半ごろは、携帯電話もインターネットも今ほどお手軽なものではなかったが、その後状況は大きく変わり、先進国では海底ケーブルやブロードバンド回線が発達し、そして地上の携帯基地局が爆発的に普及したこともあり、わざわざ人工衛星を使う意味が薄れたこともある。

【参考】
・ワンウェブ、ソフトバンクグループなどから12億米ドルの資金調達へ | プレスリリース | ニュース | 企業・IR | ソフトバンクグループ
 
・OneWeb Announces $1.2 Billion in Funded Capital from SoftBank Group and Other Investors - OneWeb | OneWorld
 
・Home - OneWeb | OneWorld
 
・O3b Service Coverage - Who We Serve - O3b Networks
 
・Iridium | Network | Global Network
 

●スペースXやグーグル、ボーイングも挑む衛星インターネット
○OneWebの勝算

それでもワイラー氏がOneWebを立ち上げたのは、十分な勝算があってのことである。

ひとつは人工衛星の技術の進歩である。近年、電子部品の小型化、高性能化などに伴い、小さいながらも高性能な人工衛星を造ることができるようになった。たとえばイリジウムやグローバルスターの衛星の質量は700kgほどだが、OneWebのそれは150kgほどしかない。

小さいということは安価に造れるし、大量生産すればさらに安価になる。今回、ソフトバンクを筆頭に行われた12億米ドルの出資により、この衛星を製造するため、フロリダ州に完成予定の新工場の建設が促進されるとしている。この新工場では、1週間につき15機もの衛星を、従来の製造費と比較してもかなりの低コストでの製造することが可能だとしている。

また1機の大型ロケットに、複数の衛星を載せて打ち上げることもできるため、衛星1機あたりの打ち上げコストを抑えることもできる。

すでにOneWebは衛星の設計を終え、製造を欧州の航空・宇宙大手のエアバス・ディフェンス&スペースに発注している(そしていずれは前述したフロリダ州の新工場へ拠点が移ることになろう)。さらに欧州のロケット運用会社アリアンスペースと、ソユーズ・ロケットによる打ち上げの契約も結んでいる。早ければ2017年から打ち上げが始まる見通しで、2020年ごろにも地球を覆う衛星網が完成し、サービスの提供を開始できるという。

もうひとつの特徴はサービスを受けるユーザー側の設備である。イリジウム携帯電話などはそれ専用の特殊な端末が必要で、また高価だったこともあり、一般には広まらず、もっぱら法人利用が主だった。しかしOneWebは、各々のユーザーが特殊な機器をもつ必要はなく、家の屋根や学校の屋上などに衛星と通信する小さな装置を設置し、それを介する形で既存のスマートフォンやタブレットなどをネットにつなぐことができるようになっている。つまりユーザーがサービスを受けるのに必要なコストを限りなく小さくでき、開発途上国でも導入しやすい。

そして実際に30〜40億人とされる人々にインターネットが行き渡り始めれば、たとえ低額な利用料金でも多くの収益が見込めるうえに、彼らがクラウドソーシングなどで他国の経済に入り込むことになれば、シナジー効果でさらに収益は増すことが見込める。また、すでにインターネットが十分に行き渡っている国でも、未だ不十分な航空機からのネット接続や、さらに災害時のバックアップ回線といった用途での活用も考えられるなど、ビジネス面でも大きな可能性が潜んでいる。

○OneWebだけじゃない衛星インターネット構想

多数の小型衛星による衛星インターネット・サービスの展開を考えているのは、OneWebだけではない。起業家イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXもまた、似たようなサービスの展開を考えている。

スペースXというと、これまでは低コストなロケットや宇宙船の開発や、ロケットの再使用によるさらなる低コスト化への挑戦、そして火星への移住構想など、何かと話題を提供してきたが、衛星インターネットにおいても、OneWebとほぼ同じ軌道に、小型衛星をなんと4000機も打ち上げるという壮大な構想をもっている。また、ゆくゆくは火星にも同様の衛星網を構築し、火星移住後のインターネットも整えようとしているという。

その詳細についてまだ多くは語られていないが、試験衛星の開発や、通信サービスを行う際に必須となる電波の使用申請も出しており、計画が着々と進んでいることは間違いない。そもそものロケットの再使用や低コスト化も、4000機もの衛星を打ち上げるために必要なことのひとつだったのだろう。

実はワイラー氏とマスク氏は、もともとこの分野において、グーグルを介して手を結び、同じひとつの計画を進めようとしていた。グーグルは前述したO3bにも出資している。ただ、詳細は不明ながら何らかの意見の相違があり、1年ともたずにワイラー氏はグーグルを退社してOneWebを設立。両者はライバル関係となった。

OneWebには今回のソフトバンクを始め、かねてより英国のヴァージン・グループや、米国の通信・半導体大手のクアルコム、飲料メーカーのコカ・コーラなどが出資している。一方のスペースXの衛星インターネット計画には引き続きグーグルが参画している。

両者を比べたとき、最も目につくのは衛星数の違いである。OneWebは700機、スペースXは4000機と、スペースXのほうが桁ひとつ多い。これはスペースXが、OneWebよりも太く確実なインターネットの構築を目指しているためだろう。ワイラー氏は前述のように携帯電話や衛星インターネットをインフラとして整備することを目的としているが、スペースXのイーロン・マスク氏は、もともとネット決済サービスのPayPalで財を成したことからわかるように、衛星インターネットを実現させることはもとより、そこから先の、ネット決済やコンテンツ販売といったサービスを展開させることに主眼を置いていることが伺える。OneWebも光ファイバー並の回線速度を目指しているが、ネット決済のための十分なセキュリティや、音楽や映画、ゲームなどのコンテンツを快適に配信しようとするならば、回線の容量は太ければ太いほど、また複数の経路があればあるほど良い。

実際にスペースXが直接コンテンツを販売するかどうかはわからないが、インフラだけでなく、そういった分野まで入り込むことで多くの収益が見込めるし、その資金はマスク氏とスペースXの夢である人類の火星移住に充てることができるだろう。

同様の衛星インターネットは、米国の航空宇宙大手であるボーイングも構想しており、こちらは3000機近い衛星を使い、OneWebやスペースXよりさらに高速な通信を提供しようとしているという。

これらのうち、どこがこの分野で覇権を握ることになるのかはわからない。あるいはかつてのイリジウムやテレデシックのように、破産や撤退を経験することになる可能性もあるだろう。

また欧州や米国では、上空に長期間滞在できる飛行船や気球、ドローンを使った通信サービスを検討している企業もある。衛星インターネットと比べ、それぞれ一長一短があるため完全に競合するわけではないが、安価で、空中の好きな場所でほぼ静止でき、また機器のメンテナンスが可能であるなど、人工衛星にはない特長は多く、まったく影響を受けないということもないだろう。理想的なのは両者が相互補完しあう関係になることだが、実際にどのようになるかはまだわからない。

しかし、もしひとつでも成功し、全世界の人々が等しくインターネットを利用することが可能になれば、世界は大きく変わることになるだろう。たとえば世界中に質の高い教育を届けることができるし、既存のあらゆるネットを使ったサービスに30億人の顧客が追加されるということでもある。さらにその30億人のなかから新しいサービスを考え、実行する者も現れるだろう。教育からビジネスまであらゆる分野で大きな変化が起こり、人類の生活はさらに豊かになるかもしれない。

もっとも、全世界にインターネットが行き渡ることへの弊害も危惧されている。インターネットは私たちの生活を豊かにした一方で、好ましくない使われ方をすることも増えている。またネットとのかかわりを望まない人々もいるだろう。

しかし、いくつかの心配はあっても、それは足踏みすべき理由にはならない。またネットとの関わりを望まぬ人にまで押し付けるべきではないが、一方でそれを望む人にはあまねく提供されるべきである。

地球すべてにインターネットが広がり、人類が持つ可能性が最適化され、その可能性が未来を切り拓くことで、より良い世界が訪れることを願いたい。

【参考】
・ワンウェブ、ソフトバンクグループなどから12億米ドルの資金調達へ | プレスリリース | ニュース | 企業・IR | ソフトバンクグループ
 
・OneWeb Announces $1.2 Billion in Funded Capital from SoftBank Group and Other Investors - OneWeb | OneWorld
 
・Boeing proposes big satellite constellations in V- and C-bands - SpaceNews.com
 
・SpaceX just asked the FCC to launch 4,425 satellites - Business Insider
 
・SpaceX seeks permission for 4,425-satellite internet constellation - SpaceFlight Insider
 

(鳥嶋真也)