映画『君の名は。』公式サイトより

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 興行収入210億円を突破し、『千と千尋の神隠し』に次いで邦画の歴代2位にまで到達した『君の名は。』。興行通信社による12月17日〜12月18日の国内映画興行収入ランキングでもいまだに6位にランクインしており、今後もしばらくロングラン上映は続きそうだ。現在では、中国やタイでの上映も始まっており、いずれの国でもこれまで公開された日本映画のなかで歴代興行収入1位記録を塗り替えている。

 そんな今年を代表するヒット作となった『君の名は。』なわけだが、この作品に関しては新海誠監督の手腕もさることながら、これまで「カルト的人気作家」の粋をなかなか出ることができなかった監督をメジャーなフィールドで受け入れられるものにコントロールしたプロデューサー・川村元気の仕事を評価する声も多い。たとえば、10月1日放送『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)内の『君の名は。』評のなかで宇多丸はこのように語っている。

「そこで今回の『君の名は。』ですがね、まず言えるのは、本作はやっぱりいままでの新海誠さんのフィルモグラフィと並べるとはっきりするのは、プロデュース力ですよね」
「俺はやっぱりこれ、新海誠イズムそのものだなっていう風にも思うし。なんだけど、見違えるほどポップにもなっている。作家性と商業性を、両立するというよりは一致させてみせたというか。もともとあった作家性の中の商業的ポテンシャルを、作家性を商業的ポテンシャルの方に発展させてみせたというか。そしてそれが実際に巨大な成功を収めてしまっているのだからという。もう、グウの音も出ませんというね。『川村元気、恐るべし』としか言いようがないっていうね」

 川村元気は『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』などのヒット作を手がけてきた東宝の社員プロデューサー。今年は『君の名は。』の他に『怒り』『何者』もプロデュースしてきた。また、近年は映画プロデューサーとは他に作家としても活動しており、佐藤健の主演で映画化もされた『世界から猫が消えたなら』や、『四月になれば彼女は』といった作品を執筆している。

 東宝の社員と作家という二足のわらじを履く彼だが、最近受けたインタビューのなかで、もしも本を書くようにならなければ映画プロデューサーとしてダメになっていたかもしれないと告白し話題となっている。それは、今月5日に出版されたムック本『週刊文春エンタ!』(文藝春秋)でのことだった。

「『告白』と『悪人』を同時に作った二〇一〇年が、僕の大きな転機でした。「どうしてもこういう映画にしたい」という意識が押し付けるくらい強烈にあって、血気盛んだったし、監督と編集で大喧嘩しても折れなかったんです。
 自分の作家性が作品に入り込みすぎて、このままいくと映画を作るという共同作業はもう無理だと思っていたとき、「本を書かないか」という話が来たんです」

 この時期の川村は、『モテキ』の大根仁監督に「悪魔」と呼ばれるほどだったという。しかし、本を書くようになって彼は変わることができた。

「それまでは一緒に映画を作る監督に自分の作家性をぶつけていた。一人で小説を書く行為において、初めて自分の作家性が何か、ということがわかった。何かを消失していく中で大切なものを発見するというテーマだったり、家族に対する違和感だったり、いくつか要素があったんです、僕の中で。
 そうしたら呪縛から解かれて、他人のフェティッシュや作家性をどれだけいびつな形で残しながら、エンタテインメントの作法に則ったものを作るか、というやり方に変わりました」(前掲『週刊文春エンタ!』)

 その結果として生まれたのが『君の名は。』だった。川村は続けてこう語っている。

「『君の名は。』では、「口噛み酒」とか、完璧すぎる奥寺先輩のキャラクターとか、新海さんのフェティッシュが出すぎちゃっているところを、逆に落とさないように気をつけました。新海さんの内側から出てくるものの味をなるべく薄めず、よりよい並びに構成したかった」(前掲『週刊文春エンタ!』)

『君の名は。』において、特に同作の脚本執筆段階で川村が果たした役割は大きいと新海監督は多くのインタビューで語っている。

『ほしのこえ』、『雲のむこう、約束の場所』のSF的要素と、『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』のすれ違う男女の恋という要素。『君の名は。』は、新海監督の過去作のおいしいとこ取りをしたようなストーリーなわけだが、そもそもそれは川村からの「新海誠のベスト盤を作ってほしい」(「エンタミクス」16年10月号/KADOKAWA)という一言から始まっている。

 それからは月に1回、監督自身が「ここまで徹底的に固める作業をやったのは初めて」(「日経エンタテインメント!」16年11月号/日経BP社)と語るほどの厳しい脚本会議を行い、物語を仕上げていった。そこでは、これまでの川村だったら削ぎ落とすように動いていたかもしれない、監督の「フェティッシュ」をうまく活かす方向で脚本づくりが進められていった。

 その最たるものが、先ほど川村も挙げていた「口噛み酒」だ。神主の娘であり、地元の神社で巫女を務めているヒロイン宮水三葉が口に入れ、それを吐き出した水からつくられるのがこの「口噛み酒」である。これは物語においてキーアイテムになるが、その裏にはこんな思いがあった。今月16日放送の『ゴロウ・デラックス』(TBS)にゲスト出演した新海監督はこのように語っている。

「男の子って小学生ぐらいのときに好きな女の子の縦笛を盗んで舐めるみたいな子がいたでしょ?(中略)僕もやってないですけど、その気持ちはちょっと分かるような気はしますよね。唾液のようなものって、特に10代ぐらいの男の子たちにとって1つのフェチ要素というか、たまらない部分なんじゃないかなと思って」

 唾液というのは新海監督が言うほど一般的な趣味でもないと思うが、それはともかく、本を書くようになり変わった川村は監督のこのようなフェティシズムを削るどころか、むしろ物語に積極的に取り入れていく。

 しかし、かつて「悪魔」と呼ばれた側面も実は完全には消えていなかった。そして、それこそが『君の名は。』を成功に導いたともいえる。

『君の名は。』で新海監督を「一部でカルト的な人気を得る作家」というポジションから脱皮させた大きな要因として、特に『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』といった作品で表出する「ナルシシズムを多分に含んだ文化系男子の叙情」といった作風をある程度失くしたというのがある。

 これらの作品では、遠距離恋愛であったり年の差であったりといった諸要素で引き裂かれる恋を美しく描き、その悲劇に自己陶酔する男を情感込めて肯定的に描くため、強くシンパシーを抱く観客がいる一方で、「童貞の妄想をそのまま映像化する監督」とも揶揄されてきた。

 口噛み酒のような「フェティッシュ」は活かす一方で、川村はこういった要素を徹底的に排除しようとしていたようだ。しかも、その指摘の際は「これは無神経ですよ」、「気持ち悪いです」といった遠慮ない物言いだったのだというから驚きだ。新海監督はこのように語っている。

「下手をすると無神経な展開になりかねませんので、そう思わせないための「回路」をきちんと作る。その点、脚本会議で「これは無神経ですよ」とか「気持ち悪いです」とかダイレクトに伝えてもらったことで、だいぶ助かりましたね」(ウェブサイト「ダイヤモンド・オンライン」)

 しかし結果として、『君の名は。』は、新海監督のこれまでの主なファン層には含まれなかった若い女性にまで届く作品になったのだから、その指摘は正しかったということだろう。

 川村が脚本会議で指摘したのはそれだけではない。ストーリー展開のスピードやクライマックスのつくり方などについても提案を出し、結果としてそれは採用されているのだが、実はそのとき新海監督は密かに怒っていたという。彼はこのように振り返っている。

「会議には、たとえば川村元気という東宝のプロデューサーに入ってもらいましたが、彼は別に一行も書いてくれるわけじゃない。けど、たとえば「瀧が三葉になって目覚めるまでに20分もかかったら、ちょっと退屈しちゃうかもしれません」とか言うんです。あるいは、何カ所か設定したクライマックスのうち、「こことここの2カ所の間がちょっと離れすぎているから、ひとつにまとめたほうが泣けるんじゃないですか」みたいなことを言うわけですよ。(中略)「いや、ここに来るまでに相当、構成を考えたんだけど」みたいな(笑)。しかも、照れもあるのでしょうが、「ここで泣かせれば興収プラス5000万ですよ!」とか、冗談めかして言うわけです。それもカチンとくるんですけど(笑)」(「アニメージュ」16年10月号/徳間書店)

 そのように言いながらも、新海監督は「3年に一度、このチームであと1〜2本はこれより良い映画を作りたいと強く思いますね」(「日経エンタテインメント!」16年11月号)と語っている。次の新海監督作品でも、川村元気の見事なコントロールが見られるのか、それとも、いよいよ本当に新海監督を怒らせて決裂してしまうのか。生暖かい目で見つめていきたい。
(新田 樹)