悪筆の人のための「美しい手紙」の書き方

いざ手書きで手紙を出そうとしても悪筆が気になって出せない人が多い。そうした悩みを解決してくれるのが青山浩之教授のメソッドで、たった3つのポイントを押さえるだけで美しい文字が書けるようになる。

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教えてくれる人:青山浩之氏
横浜国立大学教育人間科学部教授。書家・美文字研究家。全国大学書写書道教育学会常任理事。NHK「ためしてガッテン」「あさイチ」などの番組に多数出演。著書に『クセ字が直る 美文字レッスン帳』(NHK出版)などがある。
 

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■読めない文字の3つの特徴

日常生活にハイテク機器が普及した現在では、手紙を「手で書く」機会が減ったといわれます。挨拶状もビジネスレターもパソコンで作成し、プライベートの連絡までも、電子メールでやり取りしている人が多いのが現状です。しかし、そんな時代だからこそ、手で書いた手紙のよさが見直されるようになったと、私は考えています。

意外に思われるかもしれませんが、文化庁の「国語に関する世論調査」を見ると、いまの10〜20代の若い世代では、「手紙は手書き」という人が他の世代に比べ多い結果が出ています。物心ついたときからデジタル文書に囲まれて育った彼らには、手書き文字の新しい価値観が芽生えているのかもしれません。

手書き文字には、書き手の個性や温もり、想いを表現できるという利点があります。画一的なデジタル文字のなかに、個性的な手書き文字が飛び込んでくれば、読み手には強い印象が残ります。それならば、そうした効果を生かさない手はありません。

一方で、40〜50代の人は、若い頃には「手書き派」だったのに、いまではすっかり「デジタル派」になってしまった人も多いのではないでしょうか。もしかすると、「自分は字が下手だ」と思い込み、パソコンで文字を印字すれば、それが苦にならないので、常用する志向性が強いのかもしれません。確かに、手書き文字でアピールするといっても、それが悪筆であれば相手に悪い印象を与え、逆効果になりかねません。

では、美しい文字とは何でしょうか? 皆さんはお手本のような文字を思い浮かべるかもしれません。でも、私は誰もがお手本のような文字を書かなくてもよいと考えます。まず目指すべきは「読みやすい文字」「相手に心地よく読んでもらえる文字」。それこそがその人にとっての美しい文字だと思うのです。手書き文字に書き手のクセは付き物ですが、ある程度であればそれは個性であり、持ち味になります。

そう考えると、過度のクセ字、つまり「読めない文字」が悪筆ということになります。悪筆には、(1)文字の空間がつぶれている、(2)中心線が揃っていない、(3)勝手につなげたり、省略したりしている――といった特徴があります。

(1)は字形の問題です。文字には、線と線で囲まれた空間がありますが、それらの空間がつぶれていると、文字をきちんと読み取ることができません。(2)は文字が並んだ場合、整列していないので行が蛇行したように見え、読みにくくなります。(3)は自己流の崩し字によく見られます。行書や草書の基本的なルールに則らないで、文字と文字をつなげたり、文字の点や画を勝手に省いたりすると、判読できなくなります。

そして、それらを続けていると、悪筆はひどくなっていきます。「脳内文字」が読めない文字に書き換えられていくからです。脳には字形を記憶する領域があって、文字を書くとき、その領域の字形データを再現するよう、手を動かす筋肉に脳から指令が出されています。文字を初めて習った子どものときは、お手本に近い文字が書けたという人も多いでしょう。

ところが、大人になるにしたがって、文字を書くときに悪いクセがついていき、その悪筆の字形データが脳に上書きされ、丁寧に書こうと意識しても美しい文字が書けなくなってしまうのです。自分が悪筆だと思う人は、まず文字を書いてみて、どんな欠点があるのかを確認してください。

■1時間の練習で整ってくる字形

では、美しい文字を書けるようにするには、一体どうすればいいのでしょう? そうです、先の悪筆の3大要素さえなくなれば、文字は見違えるほど美しくなります。悪筆を劇的に改善するのが、次の3つのメソッドです。

1つ目が、字形を整える「隙間均等法」です。文字の空間がつぶれないように矯正する方法で、文字を書くとき、文字の空間、つまり線と線の隙間を見ながら、隣り合った隙間が均等になるように書きます。慣れないうちは、心の中で「き、ん、と、う」と唱えながら文字を書くと、意識しやすくなるでしょう。方眼紙に3〜4センチメートル四方のマス目をつくって、そこに書く練習をすると、隙間のバランスがよりきめ細かく取れるようになります。即効性のある方法なので、1時間も練習すれば、字形はかなり整ってくるはずです。

2つ目が、文字の中心線を揃える「中心線串刺し法」です。ノートなどに文字を書くとき、普通なら罫線と罫線の間に書きますが、あえて罫線の上に書いていきます。罫線を文字の中心線と見立てるわけです。文字を書いたら、文字の外枠を赤ペンなどで囲ってみてください。○△□といった、さまざまな形になるでしょう。それらの形の真ん中に罫線が通っていれば、おでんの具が串に刺さったような状態になって、文字の配列が整って見えるはずです。

3つ目が、ペン先をうまくコントロールするための「手首固定法」です。これは文字を書くときの、手の動かし方の改善法です。手の動かし方に悪いクセがあると、文字の書き方の改善がなかなか進みません。ペン先は手のひらと指の筋肉を使って動かすと、コントロールしやすくなります。手首(小指側の側面)を机に固定してください。そうすれば、手のひらや指の筋肉の動きがペンに伝わりやすくなって、ペン先の可動域も広がります。

▼本誌編集部MさんとOさんの「悪筆」ビフォーアフター
<Mさん>
Before:隣り合う隙間に○印を入れてみると、隙間がバラバラ。つぶれたところもあって読みにくい。
After:「き・ん・と・う」と唱えながら隙間を意識して書いただけで、見違えるようにきれいになった。
<Oさん>
Before:文字の外側を囲ってみると、文字全体が左側に寄って、中心がずれていることがわかる。
After:中心線を意識すると、バランスがよくなった。一つひとつの文字の中心を一直線に揃えるように書くと、真っすぐな読みやすい文になる。

▼青山教授の手首固定法の実践
手首(小指側の側面)を机に固定する。そうすれば手のひらや指の筋肉の動きがペンに伝わりやすくなり、ペン先の可動域も広がる。


このように正しい手の動かし方を身に付けると、力まず、指をなめらかに効率よく動かせるので、文字を書くのが楽になって、勝手につなげたり、省略することも抑えられます。また、文字が心地よく書ければ、文字を通して、そうした気持ちが読み手にも伝わります。

ビジネスパーソン、とりわけ、企業の役員や幹部であれば、直筆でサインをしたり、お礼状や依頼状を自らしたためたりする機会も多いでしょう。そうした場を大切に、ぜひ自身の個性輝く美しい文字で、周囲の方々とよりよい人間関係を築いていただきたいと思います。

(野澤正毅=構成 加々美義人=撮影 PIXTA=写真)