■極私的! 月報・青学陸上部 第20回

 青山学院大学陸上部壮行会――。

 大学の昼休みを利用してガウチャー記念礼拝堂前で箱根駅伝を走る陸上部の壮行会が行なわれた。原晋監督と16名の選手が壇上に立ち、安藤悠哉キャプテンを筆頭にそれぞれが名前と学部、箱根駅伝への抱負を述べ、最後はカレッジソングで締めた。

 壮行会が終わり、普段着に着替えた選手が控え室から続々と出てくる。いつも見ているのはジャージ姿だが、私服はそれぞれ個性があり、新鮮だ。

 選手は、普段通りの練習をこなし、箱根駅伝当日にピークを持っていくように調整している。練習をこなす以外に選手それぞれの調整方法があるのだが、小野田勇次(2年)はユニークな"自己流"を教えてくれた。

「僕の箱根1週間前の調整は、お菓子とコーラをやめることです」

 アスリートっぽくない回答に思わず笑ってしまったが、本人はいたって真剣だ。そう言えば鈴木塁人(1年)も「箱根前は大好きなアイスを控える」と言っていた。

「箱根を走る時は体重が気になりますし、本番まで規則正しい生活を送るためというのもあります。余計なもんを食べなければ体重が落ちていくので、事前の調整はもっぱらそれだけですね」(小野田)

 たぶんクリスマスの翌日から1.5L のペットボトルが冷蔵庫から消え、箱根モードへ切り替わるのだろう。しかし、普段はほぼ毎日、コーラを愛飲しているという。

「朝のコーラが一番おいしいです。あと練習後ですね。夏合宿の時はポイント練習が終わったら必ず飲んでいました。コーラがない時は、この前の富津合宿ではCCレモンで、ファンタの時もあります。正直、自分の食生活ヤバいです。でも、やめられない。コーラとポテトチップスを食べながらテレビ見ているのが自分にとって至福の時なんです(笑)」

 アスリートの中には野菜嫌いやお菓子好きの人もいる。元プロサッカー選手の中田英寿のスナック菓子好きは有名だったし、リオ五輪の体操で個人総合金メダルを獲得した内村航平も無類のお菓子好きだ。

 コーラ効果なのか、小野田も今年の全日本大学駅伝で5区を走り、平地で区間賞を取る快走を見せた。平地もいけるところを示したが、原監督は「下りの能力がズバ抜けている」と箱根では6区の起用が濃厚だ。

「今回は村井(駿)さんがいるので、僕は平地でもいいかなと思うこともありました。でも、自分が他の区間を走ってタイムを稼ぐのと、下りを走ってタイムを稼ぐのとどっちがいいのか。それを考えると今は下りの方が稼げると思うので6区を走りたいですね。あの爽快感はホントすごいんで」

 小野田がライバル視する村井駿(4年)は2年の時に6区を走り、箱根初優勝に貢献している。今回も6区かと思いきや、「5区か10区」が希望区間だという。ただ、6区は山下りの特殊区間で誰でも走れるという区間ではない。果たしてどちらが6区を走るのか。

 その日の午後4時半、相模原の練習グラウンド。選手たちは大学構内1周630mを21本 走っていた。強化ジョグでしっかりと"足"を作るトレーニングだ。練習が終わり、原監督を軸に選手が輪を作った。

「今日はお疲れさまでした。暗い中、走って帰る時はくれぐれも車や自転車に気を付けるように。こっちが気にしていても相手がそうじゃない時もある。大事な時期なのでね」

 原監督の言葉が終わると選手たちは車の中に荷物を入れ、三々五々、寮に走って帰っていった。帰りがけ、小野田と目が合った。

「今日は、練習に来る前にコーラ飲んできました(笑)。今の調子ですか? 昨年の今ごろはすごくよかったんですけど、今は普通にいいって感じです。本番までに調子を上げていけるように頑張ります」

 小野田の高いランニングセンスは佐藤基之フィジカルコーチも認めている。「明日走るよ」と言われても、たぶん普通以上に走れるだろう。コーラとお菓子を抜いた飢餓状態で走る箱根は昨年よりも快走しそうだ。

 相模原キャンパスで箱根駅伝に向けて陸上部の記者会見が行なわれた。眺めのいい9階のホールには100名以上のマスコミ関係者が詰めかけた。3連覇を目指す青学に対する注目度の高さがうかがえる。

 内山義英部長、原監督があいさつし、選手16名が自己紹介と希望区間を話していく。一番笑いを取ったのは「昨年は気胸で走れなくなりました。今年は大丈夫です。肺に穴開いていませんから」とコメントした村井だ。

 しかし、原監督を一番驚かせたのは、秋山雄飛(4年)のコメントだった。

「秋山隊長と呼ばれているので、切り込み隊長として1区を狙っています」。その答えに「初めて聞いた」と原監督はイスからずり落ちそうになった。

 秋山のことはずっと気になっていた。

 2連覇を達成した今年の箱根は3区で区間賞を取る走りで存在感を示した。春に4年生になって中心選手になっていくだろうと思われた。しかし、4月の金栗記念大会で5000m16分29秒、6月の個人学生選手権も16分28秒に終わるなど、トラックシーズンは調子もタイムもまったく上がらなかったのだ。

 夏季合宿こそ選抜合宿でメニューをこなしていたが、9月の妙高合宿ではヒザやハムストリングに不安を抱え、集団走でも遅れがちになった。9月の学内TT(5000m)は21分57秒でほとんどジョグ状態に終わり、出雲駅伝、全日本大学駅伝ともメンバー入りすることができなかった。

「6月の個人学生選手権で16分を出してしまい、そこで一度気持ちが切れてしまったんです。陸上を始めて以来、故障ではないのに、これだけ長く不調が続いて走れないということがなかったので正直、どうしていいのかわからなくなっていました」

 もともと繊細な神経の持ち主で、メンタルは強い方ではない。その落ち込みようは傍目からも深刻に見えたが、自ら腐りかけていたのも事実だ。その姿がチームにいい影響を与えるわけがない。

 夏季合宿前、4年生だけの学年ミーティングが食堂で開かれた。調子を落として塞ぎ込んでいる秋山の話題になった。その時、安藤キャプテンが少し突き放すように秋山に厳しい言葉を投げた。

「今のままだったら、誰もおまえについていこうとしないぞ」

 その言葉が胸にグサリと突き刺さった。

「安藤にそう言われて、ハッと思いました。このまま腐っていくよりも、まずやれることをやっていこう。そう前向きに思えるキッカケになりました」

 それからは黙々と練習をこなした。ようやく普通の自分の走りが戻ってきたのは11月だった。世田谷ハーフマラソンを64分50秒(11位)で走り、10000m記録挑戦競技会では29分25秒94でシーズンベストを記録した。しかし、秋山は満足していなかった。タイムが特別いいわけではない。寮に貼り出された、シーズンベストを出した10000mの1kmごとのラップを見て、驚いたという。

「それを見ると2kmのラップが遅いとかじゃなく、全体的にラップが遅いなって感じたんです。これはベースをもっと上げる必要がある。ただ、箱根まで残り1ヵ月しかないので同じ練習をしていてもタイムは上がらない。肉体や内臓も1ヵ月では変えられない。でも、フォームは1ヵ月で変えられると思ったんです。それで何か参考になるものがないか、グーグルで検索していたんですよ。そうしたらランニングしている人のおもしろいブログを見つけたんです」

 そのブログには「後の膝を曲げることで足を前に振り出しやすくなり、結果的に足の運びがラクになる」と書かれていた。

「これいいなって思ったんです。今まで陸上をやってきたけど、フォームについてはほとんど教わったことがなく、全部自己流でやってきた。でも、この時、フォームについての解説を読んで、なるほどなって腑に落ちたんです。それを富津合宿で試したら、かなり走りがよくなったんです」

 フォーム改造の効果はてき面だった。合宿で3km4本走るトレーニングが行なわれた。それまでの秋山であれば2、3本目に苦しくなって離れていただろう。しかし、4本とも自ら引っ張って走り、さらに余裕があった。「秋山隊長、復活か」と原監督に言われ、自信を回復することができた。

「その後、ドタッと一度、疲労で倒れましたけど、今は心身ともに上々です。自分はメンタルが弱いんですけど、走りにメンタルがついてくるんです。だから、走れるようになるとメンタルもよくなるんです。今の自分の調子がどのくらいいいのかわからないんですが、箱根に出られた時は間違いなくトップコンディションになっていると思います」

 ひとつ気になることがあった。希望区間は1区だと宣言したが、あれは本気なのか。

「冗談です(笑)。3区1本です。2区の一色から襷(たすき)をもらって、その時点ではまだ差がついていない状態だと思うので、僕が走って勝負したい。最低でも昨年(62分24秒)よりも速いタイムで、できれば62分10秒を切っていきたいです」

 秋山は、そう言って笑顔を見せた。夏を越えても険しい表情が多かったが、今は会話の中で笑みを見せ、冗談も言えるようになった。走りも心も充実している証拠だ。爆発的な走りを見せる秋山の復調は原監督がずっと願っていたものだ。秋山が3区で快走すれば往路優勝が見えてくるし、復路に主力を起用することができる。戦略的に「秋山隊長」は非常に重要なカードなのだ。

 会場ではあちこちで選手や監督を囲んで輪ができている。もっとも多くの記者に囲まれ、大きな輪を作っていたのは原監督だ。次がエースの一色恭志(4年)、安藤、下田裕太(3年)だった。

 安藤キャプテンとは関東インカレの時に初めて話をした。それ以来、記録会や大会で何度か話をしてきた。自身の不調や就活などで苦しんだが、それを乗り越えると少し雰囲気が変わった。練習終わりの言葉が変わり、出雲駅伝では陸上競技に打ち込む学生らしい素晴らしい選手宣誓をした。

 スポーツメーカーに就職が決定し、たまたま筆者がそのメーカーのシューズを履いていた時は「いい靴、履いていますね」と早くもメーカー愛を見せていた。記事の間違いを見つけて指摘してくれたり、さすがはキャプテン言うべきところは言うなぁと感心した。言動がすっかりキャプテン然となった安藤だが、昨年の今ごろは失意の底に沈んでいたという。

「昨年は恥骨筋を痛めて2週間ほど走れなくて、箱根の選考レースである10000mで29分30秒ぐらいかかったんです。この時点で厳しいなって思ったんですけど、なんとか富津合宿は行けた。でも、調子のいい選手を目のあたりにしてかなり厳しいなって思ったら案の上、箱根のメンバーから漏れてしまった。わかっていたけど悔しかったですね。前年は箱根を走って優勝できていい経験をさせてもらった。でも、今回は16名の枠にも入れなかったんだなと思うと......」

 今シーズンに入ってからも春先は故障で走れず、つらい日々を送った。4年生は一色しか状態が上がらず、不甲斐ない他の選手に対して原監督から雷を落とされた。

 それでも夏季合宿ぐらいから調子を取り戻してきた。そして出雲駅伝では4年生が躍動した。4区の茂木亮太が首位を走る東海大学との差を詰め、安藤がド根性の走りを見せてトップで一色に襷を渡した。一色は4年生の奮闘に感動し、ゴール後に涙を流した。これまで自分がひとりで引っ張ってきたが、ようやく一緒に戦えるところまで4年生が復活してきた。その喜びと今までの苦労がごちゃ混ぜになってクールな一色の涙腺を壊したのだ。

「いろいろありましたけど、終わりよければで、あとひとつです」

 安藤は、そう言って笑った。

 今シーズンのラストマッチとなる箱根駅伝だが、9日のミーティングで16名のメンバーが発表された。富津合宿に行けなかった4年生は選考外であることを自覚していたが、最後なのでやはり名前が漏れると悔しそうに涙をためている選手もいた。

「みんな箱根のためにやってきたと思うんで、メンバーから漏れた選手、特に4年生には自分もなんて声をかけていいのか、わからなかったです。そういう選手の気持ちは昨年自分も味わってよくわかっていますから。でも、寮長の田村健人(4年)が『頑張ってほしい』と言ってくれたし、他の4年生も悔しさをこらえて練習を引っ張ってくれている。そういう選手のために、選ばれた自分らは頑張らなければいけないと思っています」

 箱根駅伝では今回、4年生6人がエントリーしている。豊富な経験と安定した力を発揮する4年生の存在は大きい。原監督も「結局は4年生の走りが結果に左右する」と、4年生の頑張りに期待している。

「僕らの学年で言えば、一色が春から引っ張ってきてくれた。箱根でも一色が走ってくれるけど、それ以外の4年生が一色だけじゃないという思いで走れば、下級生も自然と走ってくれると思うんです。箱根では4年生に頼られるような走りをしたいですし、4年生がひとりでも多く走って優勝し、3連覇3冠を達成します」

 その言葉に安藤の優勝への固い決意が表れていた。

 卒業後、安藤はもう襷をかけて走ることはない。陸上競技人生の集大成ともいえるラストランは、キャプテンらしく背中で見せる堂々としたものになるはずだ。

 箱根まで2週間を切り、いよいよ本番モードに入っていく。選手は外出の際はマスクをして帰寮後は手洗い、うがいをするなど基本的な体調管理を徹底している。クリスマスも大晦日も午後10時には就寝する。「勝負の神は細部に宿る」とよく言われるが、それぞれがスタートラインに立つまで隙を見せず、3連覇に向けて粛々と準備を進めていく。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun