蕎麦のだしは、土佐の「宗田節」が濃厚でうまい

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■土佐の節でとっただしは、濃厚なのだ!

おいしい蕎麦のだしに欠かせないものは何? この問いに、「鰹節!」と答えようものなら、土佐清水の人たちは苦虫を噛み潰したような顔をすることだろう。

もちろん、鰹節で間違いではない。しかし、江戸前蕎麦特有の濃厚なつゆには、「宗田節」が欠かせないのだ。

実はこの宗田節、そのほとんどが小売店に出回らないため、どうしても家庭で、という場合には、市場の節問屋まで足を延ばすしかない。ということで、その姿を目にすることが稀な、宗田節を求めて高知へひとっ飛び。

全国に出荷される宗田節の7割は、四国の最南端に位置する高知県土佐清水市でつくられている。原料は宗田鰹。地元では「メジカ」と呼ばれる魚である。その大きさは35cmから40cmほど。1mを超す鰹と比べると、かなり小ぶりだ。

太平洋に面した土佐清水の漁港は、かつて全国から集まる鰹漁船の水揚げで賑わっていた。しかし、冷蔵技術が発達して、鰹の刺身やたたきが大都市でも食べられるようになると、水揚げは大消費地に近い漁港に集中することになる。それを機に土佐清水の節工場は、鰹から土佐沖で豊富に獲れるメジカを使った宗田節の製造にシフトしていく。

▼宗田節を知る2つのキーワード

●土佐清水市
四国の最南端に位置する土佐清水市。宗田節の生産量は日本一であり、全国シェアの70%を誇る。日米和親条約の締結に尽力したジョン万次郎(1827〜1898年)の出身地として知られる。かの地には電車が通っていない。一番近い中村駅で20km以上離れている。高知の市街地からは車かバスで高速道路を走った後、延々と蛇行する道を通って山越えするしか術がない。ちなみに羽田空港から高知龍馬空港を経由して約5時間の道のり。東京から最も遠い「市」である。

●宗田鰹
学名はマルソウダ。土佐清水での呼び名は主に「メジカ」である。理由は目と口が近いからだとか。土佐清水では、曳き縄漁と呼ばれる一本釣りで漁獲される。漁師たちは夜明け前、一人乗りの船で30km沖の漁場に船を走らせ、餌を撒いてから15m.ほどの円を描くように船を自動操舵し、船尾の竿でメジカを次々と釣り上げていく。傷みやすいため生食には向かないとされるが、8月から9月に獲れる新子は刺身で食される。もちもちとした歯ごたえがたまらない。

江戸時代に確立した土佐節の技術を洗練させることで、宗田節は料理人から高い評価を得る。特に、蕎麦やうどんをより引き立てる濃厚なだしには、欠かせないものとなっていった。

「脂がのったメジカはダメ。脂分でだしが濁るし、アクが強くて苦味が出ちゃう」

「たけまさ商店」は土佐清水の地で創業から100年を超える節工場。三代目の武政嘉八さんに、おいしい宗田節について訊ねると、そんなふうに教えてくれた。

メジカは5月から6月にかけて、脂がのってくる。その脂を一度ゆでて落とし、さらに手作業で皮とともに取り除く。そして焚き納屋で燻し乾燥させてカラッカラにする。これが宗田節である。みっちりと脂がのったほうがおいしい鰹の刺身とは正反対である。ちなみに、1月から3月の寒い時季になると、大型で脂が少なく身の締まった寒メジカが黒潮に乗ってやってくる。この時季につくられた宗田節が最高級とされる。

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▼宗田節の工程

宗田節の工程は主に4つ。まず、宗田鰹の肉質を引き締めるため、腹を割いて煮籠に並べ(釜立て)、専用の釜で1時間ほど煮る(煮熟)。次に手作業で丁寧に頭や内臓、中骨を取り除いて(熟練の技!)、蒸籠に並べる(セイロ取り)。そして焚き納屋で乾燥(焙乾)。最後に太陽と潮風にさらして、旨味を凝縮させる(天日干し)。表面に付着したタールを削った“裸節”は主に関西、カビづけして熟成させた“枯れ節”は主に関東方面に出荷されるという。
 

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10月末のある日の夕方、土佐清水の下ノ加江港を訪れた。桟橋では、浴槽の4倍はある大きなケースに満載されたメジカを抱えて、フォークリフトがタイヤを軋ませながら走り回っている。水揚げされたばかりのメジカは、ピチピチどころか、身が締まってカッチカチだ。TVリポーターが海鮮丼を海の宝石箱と表現するなら、さながらこの漁港はボツワナにあるダイヤモンドの出荷場だろう。

「メジカを刺身で食べないんですか」

漁師さんに訊いてみた。

「メジカは生では食わないわね」

誰に聞いても、同じ答えだった。メジカは血合いが多く生食に適さない、という事実以上に、昔からの言い伝えで、地元の人は頑なに刺身では食さないようだ。うーん、何だか、もったいない。

ほぼすべてが消費地に出荷される宗田節も、地元の人が口にすることはなかった。高知はうどん文化圏で、蕎麦はあまり食べない。うどんのだしは、いりこと昆布でひかれるのもその一因だろう。

しかし、状況は変わりつつある。土佐清水では高齢化によって漁師の数が減少し、メジカの漁獲量が年々下がっている。それは宗田節の生産量が下がり、土佐清水を支えてきた節産業に陰りが出ることを意味する。このままではいかん、問屋への流通だけに頼らず、一般のお客さんに宗田節を広めようと、土佐清水の人たちが動き始めたのだ。

「工場から漂う宗田節の匂いは知ってても、味わったことは一度もなかったんです。それが、知り合いの家で宗田節の切れ端を漬けたペットボトルの醤油を舐めさせてもらったら、その風味の豊かさに驚いたんです。これは旨いなぁって」

田中慎太郎さんの言葉である。このときの衝撃を伝えようと、家庭で気軽に宗田節のだし醤油を味わえる瓶詰キットを、自身の会社「ウェルカムジョン万カンパニー」で開発した。これが売れている。

「たけまさ商店」は、業務用の出荷に加え、工場で節を削って、宗田節のパック販売を始めた。反応は上々だ。

「宗田節なんて知らんかったけど、おいしいなぁって言って注文してくれます」(三代目・武政嘉八さん)

これまで、そのほとんどは一般消費者の手に届くことがなかった宗田節。歴史はあるが、目にした人がいないので、まるで新製品のようなものなのだろう。

最後に千葉県柏市で、宗田節の味を最も熟知した人物に話を聞いた。

「私の店の温かい蕎麦の汁に宗田節は欠かせません。かけ汁は、まず、だしが香ることが大切です。上品でやわらかいだしがとれる宗田節は、私が追い求める洗練された江戸前蕎麦に、ぴったりと合う」

蕎麦の名店「竹やぶ」の阿部孝雄さんの言葉である。

(文・星野一樹 撮影・笹谷美佳)