パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり、派遣先に就業に行く契約となり派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「派遣社員を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

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今回は、都内で派遣社員として働いている松本彩未さん(仮名・33歳)にお話を伺いました。彩未さんは、濃い目のアイシャドウが印象的な目元にマツエクが付けられ、黒髪を緩く巻き、手元は黒と紺のコンビのジェルネイルが施されていました。服装は某ブランド物のダウンにムートンブーツを合わせ、白いカットソーの胸元にはサングラスが掛けてありました。お話を伺っている間も、ずっと煙草が手放せず少し吸っては消し、また新しい煙草に火を点けるのを繰り返していました。

「本当は働きたくないんですよ」という彼女。実家は、公認会計士事務所を営んでいると言います。“20代のほとんどは、家事手伝いとして働かず過ごした”と言います。派遣は“仕方なしに働いている”という彼女に、どうして派遣で働いているのか聞いてみました。

「実家は従業員7人程度の小規模の会計事務所だったんですが、ファミリー経営と言いますか、母も従業員になっていました。自宅が事務所と兼任だったのでセコムがついていて。私が小さい頃は、両親ともに仕事が忙しかったみたいで、勉強についても放任で、中学も地元の公立に通っていました」

浪人せずに合格できる国立大学を選んだら、物足りなかったと言います。

「都立から、国立大学の文科系の学部に進学しました。入学してから気付いたのですが、教職とか学芸員とかの資格が取れない学部だったんですよ。本当、ただの文学系の学部で。特に何をするでもなく学校にあまり行かなかったので、単位を落としてしまって。留年が決まって、5年生の終わりに中退しました」

彩未さんが在学中に、あるきっかけで景気が悪くなっていきます。

「ちょうど自分が大学生くらいの時に、リーマンショックがあったんですよ。実家にはそんなに影響はなかったのですが、やはりポツポツと依頼が減ってきたみたいで。それなのに、6歳下の妹が中高大と美術系の学校に通っていて学費が凄くかかっていて」

当時は、好きな進学先を選べた妹と自分を比べ、不満が募ったそう。

「母が私には“手に職を着けなさい”ってずっと言っていて。妹には“好きなことをやりなさい”って言っていて。妹はたいして上手くもないのに美術系の学校に通っていたので、不満はありましたね」

大学を中退した彩未さん。会計士を目指し専門に通い始めます……

やる気が起きず、大学を中退したものの、就職をするつもりはなかったそう。

「変な時期に大学を中退したのもあって、就活とか全然やらなかったんですね。私大と違って、就職課もあまり熱心じゃなかったし」

短期で済むような飲食店のバイトや、デモンストレーターのバイトなどをしていたそう。

「親がうるさい時に、たまにバイトしたりしてほぼ“家事手伝い”状態でしたね。実家の会計事務所の社員としてお小遣い貰っていました」

20代は、親の希望もあって会計士を目指していました。

「一応、建前上は周りの親戚には大卒になっていて。会計士を取るための専門に籍を置いていたんですけど。簿記2級まで取って通わなくなりました」

しかし、家事手伝いの生活を一転させる出来事が起きます。

「父が脳梗塞で倒れてしまって。今は日常生活は過ごせていますが、暫くリハビリが必要になったんですよ。今思えば、父は日系企業の監査なども務めていて、たびたび海外出張もこなしていたんですよね。60歳過ぎても働くと言って、頑張っていたんですけど」

一家の収入を支えていた父の病気。家にいづらくなったと言います。

「父の収入に頼っていたので、それが一番、ショックでしたね。母親からは毎日のように“30歳までに結婚しておけばよかったのに”って言われています」

就労意欲がないという彩未さんでしたが、仕事を探し始めます。

「30歳の時に、初めて就活をしたんですよ。書類落ちの連続で、落ち込みましたね」

正規雇用を諦め、派遣として働こうと決めます。

「不本意だったんですけど、テレビとかで見ていてなんとなく知っていた派遣に登録しに行きました。こっちは、派遣会社の人がきちんと対応してくれて優しかったですね」

給与の使い道は、洋服やネイル、ヘッドスパなどで使ってしまい、実家へは月に1〜2万程度だけ渡している。

30歳で初めて派遣社員として働き始めた彩未さん。育休社員の代わりに働くことで目覚めた憎悪とは? その2に続きます。