安倍首相が「輪転機ぐるぐる」で日本経済を回復させると主張して政権についた2012年12月から4年たったが、アベノミクスは不発に終わった。インフレ率はマイナスになり、成長率はゼロに近づいているが、その最大の原因は人口減少(特に労働人口の減少)だ。

 人口が減るとGDP(国内総生産)が減るのは当たり前だが、深刻なのは1人当たりの労働生産性もゼロ成長に近づいていることだ。その解決策としてよく「イノベーション」が必要だといわれるが、その正体ははっきりしない。高齢化する日本に、イノベーションの可能性は残っているのだろうか?

先進国には「収穫逓減」の法則がきいてきた

 世界では、悲観的な意見が多い。ひところ「IT革命で成長する」といわれたが、ITでもうかったのは20世紀に創業したマイクロソフトやアップルであり、アマゾンとグーグルの世界シェアは史上かつてない大きさだ。その原因は、ある意味では単純である。

 リカード以来、経済学では収穫逓減という法則が知られている。大きなイノベーションの初期には「低い果実」が取れるので高い成長が実現するが、多くの企業が参入すると技術が普及して価格が下がり、限界生産性は低下する。初期に大きなシェアを取った企業の独占になり、イノベーションも止まる。

 産業革命以降の最大のイノベーションは蒸気機関(1750〜)であり、それに次いで電力(1870〜)、次いでコンピュータ(1960〜)だった。初期には大きなイノベーションが起こって成長するが、50年ぐらいたつと収穫逓減で成長率が落ちる。蒸気機関や電力がGDPを大きく高めたのに対して、コンピュータはその使い方を効率化したが、GDPはあまり増えていない。

 コンピュータやインターネットの次の、大きなイノベーションは見当たらない。『21世紀の資本』で有名なトマ・ピケティも「いま成長率が高いのは中国などの新興国が先進国にキャッチアップしているためで、その成長率もそのうち鈍化する」として、今世紀末には世界の成長率は1人当たり1〜1.5%になると予想している。

エネルギー産業にはイノベーションの可能性がある

 しかし大きなイノベーションは、常に誰も予想できないものだ。ピケティは「今度の大きな突破口もエネルギーだろう」という。彼はそれを具体的に示していないが、科学的に明らかなのは原子力だ。

 ウラン235の核分裂エネルギーは石炭の300万倍(kg当たり)で、埋蔵量は最大9000年分ある。核融合はそれよりはるかに大きい(実用化できるかどうか怪しいが)。もちろん原発は安全規制のコストが大きいので、今の発電単価は化石燃料と大して変わらない。短期的には、日本の電力会社も「脱原発」の方向に行くだろう。

 落とし穴は、気候変動である。日本が承認した地球温暖化対策の新しい枠組「パリ協定」では、2030年までに日本は温室効果ガスを2013年比で26%削減する約束になっているが、これは原発を正常に動かさないと不可能だ。

 逆にいうと化石燃料のコストは、気候変動の社会的コストを十分に内部化していない。それを炭素税として課税すると、化石燃料の発電単価は大幅に上がる。炭素税が効果をもつには1万円/トン以上は課税する必要があるが、これで化石燃料のコストは1.5倍になり、原子力の2倍近くになる。

 つまり直接コストでみると原子力は火力といい勝負だが、環境・安全性などの社会的コストを考えると、火力より圧倒的に安いのだ。原子力には多くの次世代技術が提案されており、イノベーションの理論的可能性は大きい。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、進行波炉と呼ばれる新型の原子炉に巨額の投資をしている。

 そして原子力は、日本メーカーが国際競争力をもっている数少ない分野だ。日立製作所と三菱重工は世界に残る数少ない原子炉メーカーだが、経営危機に陥った東芝の原子力部門をどう再編するかで業界は揺れている。これは思い切った改革のチャンスだ。

生産性の低い国内サービス業にチャンスがある

 エネルギー以外の産業に、イノベーションの可能性はあるだろうか。自動車はまだ強く、自動運転には大きな可能性があるが、IT産業は残念ながら壊滅状態だ。しかし国内サービス業には可能性がある。その理由は皮肉なことだが、非製造業の労働生産性が低いからだ。

日米の労働生産性の比較(2010〜12年)、出所:日本生産性本部


 日本の労働生産性は経済全体でアメリカの約6割だが、図のように製造業の生産性は高く、1990年代に比べて日米格差は縮小している。これに対して非製造業はアメリカの半分以下で、差は開いている。

 この1つの原因として、製造業にはグローバル展開している大企業が多く、その生産性を国内で集計することが考えられる。たとえば中国で組み立てた自動車の営業利益を日本の本社で計上すると、生産性は国内より高く出る。

 もう1つは、農林水産業や卸売・小売業や金融業など、規制の多い産業ほど生産性が低いことだ。これは規制を撤廃すれば生産性が上がるので経済的には簡単だが、こういう古い産業ほど政治力が強いので、政治的には困難だ。アベノミクスの「第3の矢」といわれた規制改革は、ほとんど効果がなかった。

 ただ国内の非製造業に「伸びしろ」が大きいことは間違いない。この限界を突破するために必要なのは、役所の規制や業界の慣例などの「空気」を読まないことだ。その成功モデルは、ソフトバンクの孫正義社長だ。

 ソフトバンクが「ヤフー!BB」でブロードバンドに参入したとき、それが成功すると思った人は業界にほとんどいなかった。NTTは回線の開放を渋ってソフトバンクの事業は行き詰まったが、孫社長は2001年6月に総務省に乗り込み、「ライターを貸してくれ。僕はガソリンかぶって、そのライターで火をつける」と談判して、NTTの回線を開放させた。

 このように空気を読まない行動力と、したたかな計算が、彼がここまでのし上がった原動力である。日本社会では空気を読まないだけで、大きなチャンスがあるわけだ。これは日本人には難しいが、外資系企業には可能だろう。彼らの活路はそこにしかない。

 そういうチャレンジが、長い目で見ると日本社会を活性化させる。日本の生産性は低迷しているが、そこに大きなイノベーションのチャンスがあるのだ。

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筆者:池田 信夫