我が子の顔がパッと輝く 愛情の「爪あと」を残す親の共通点3

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2人の子どもを育て上げた教育アドバイザーでエッセイストの鳥居りんこさん。その経験も踏まえ、子どもの心に親の言葉をどのように刻めばよいか、いかに効果的に子どもに親の愛ある爪あとを残せばいいかをつづってもらった。

■もしも、自分が余命数年なら……子どもに何を遺すか?

昨晩、友と飲んだ。友の子どもの就職内定祝いだ。友は友の子が小学生だった時に事故でご主人を亡くし、以来15年、女手ひとつで懸命に子育てをしてきた。

友は言った。

「息子を無事にここまで育ててこられたのは、主人のお父さん、お母さんの助けも大きくて、私一人ではとても無理だったと思うけど、でもね、りんこ、私は一番、誰よりも主人に感謝しているの」

何でも、小さな事であっても、迷いが生じた時には必ず仏壇の前に座ってご主人と会話を重ねてきたんだそうだ。

「もちろん、私の妄想と言われたら、そのとおりなんだけど、でもね不思議と答えをくれるんだよね」

そして、彼女は言った。

「息子も同じ気持ちなんじゃないかなって思うことがある。息子は生きているお父さんとは深い話をする年齢には達してなかったけど、いろんな人が息子に『お父さんはこんな人だった』っていうことを話して聞かせてくれるから、それを記憶の中の父親と繋ぎ合わせるんだろうね。私と同じように、何かに迷ったり、負けたりしそうになったときに心の中でお父さんと会話してるみたい。『親父だったらどうするかな?って考える』って言ってたことがあるから……。ねえ、りんこ。そう考えると、親って死んでも子育てしてるんだね……?」

私はこの夏『わが子を合格させる父親道』(ダイヤモンド社)という本を上梓させてもらったが、それを書いている間中、考え続けたことがあった。

渦中にいると気が付かないのだが、子育てはアッと言う間に終わる。子どもと一緒に過ごせる時間は自分が思うよりもずっと短いのだ。わが子が手元にいる短い間に親は「人としてどう生きればいいのか」を全身で語り、やがてわが子がひとりで生きて行けるように巣立たせねばならない。

生き物の宿命として子よりも先に寿命を迎えてしまう親がやっておかねばならないことは何だろうと。

もしも、あなたの余命があと数年であったならば、わが子のこれから先の未来を支える「杖」として、あなたは何を優先して遺すだろうか。

ここでは、そういう視点で、子育てがいよいよ苦しくなる「わが子の思春期」のときにこそ父親(もちろん母親も)が気にかけておかねばならないことを提起してみたい。

■子どもの心に「親の言葉」を刻みつけるには?

【思春期の子どもへの留意点1.「人生ここぞ」の時にわが子を認める】

子どもというものはいくつになろうが、親から褒められたくて、認められたくてただそれだけで頑張れるものだが「人生ここぞ」のときに、父親からその存在を認められた子どもはとても強い。

拙書『父親道』にも書いたが、受験で連敗していた子どもに父親が声をかけた。塾から励まされたせいか吹っ切れた顔をしていた息子を見て、父がこう言ったのだ。

「お前、いい顔してるな! 明日は大丈夫だ!」

母はその瞬間、息子の顔がパッと輝いたことを見逃さなかったそうだ。それから受験は快進撃。しかるべき時にしかるべき言葉を親からかけられた子は幸せだ。それが肯定文であったなら、それだけで子どもはこの先の長い道のりを生き抜く原動力を持つだろう。

しかし、この「しかるべき時にしかるべき言葉をかける」のは思ったよりも難しい。わが子の顔を日ごろからしっかりと見ていなければ、わが子の顔の些細な変化には気が付かないからだ。

特に子どもとは時間的にすれ違いがちになるお父さんには至難の業だ。けれども、どんなに忙しかろうと「わが子をしっかりとキャッチするのだ」と意識している父親はアンテナの感度が高い。

わが子の成長を見守りつつ、ここぞの時に「肯定文」で声をかける。

例え、一生に一回の褒め言葉であったとしても、父親のそれはわが子の心に絶大なエールとして生き続ける。

■「ゴミを見たら拾う」父の背中を、子どもは見ている

【思春期の子どもへの留意点2.リスペクトされる生き方を貫く】

もし父親が子どもからリスペクトされる存在になったなら最強だ。しかし、それは社会的成功を収めることや経済力とは必ずしもリンクしない。

いろいろな学校の先生に話を聞いて、リスペクトされる父親というのは実は当たり前のことを当たり前のこととしてきちんとやっている人なんだということに気が付いたのだ。

当コラムで掲載させて頂いた「『子供を潰す・伸ばす』父の習慣と口癖5」(http://president.jp/articles/-/19889)で書いたが、ある難関校の先生はリスペクトされる父親の条件をこう言い切った。

「『ゴミを見たら拾う。ゴミは分別して捨てる』つまりこういうことだ」
「結局、人としてきちんと生きている父親が子どもから尊敬され、子どもの安心安定を呼び込むのだ」

もう少し具体例を挙げてみよう。

かつて知人(サラリーマン、当時56歳)のお子さんが就活に苦戦していたことがあった。やっとの思いで就職した先は志望職種ではなかったようだったが、そのお子さんが働き始めた時に知人に向かってこう言ったらしい。

「親父、なんか今までごめん。俺、今までずっと、親父に対しても好き勝手言って困らせてた……。そんな時でも親父は何も言わず、黙って、あんな満員電車に毎日揺られてたんだな……。俺、当たり前だと思ってたけど、当たり前じゃなかったってことに気が付いたよ。親父は30年以上も同じ会社一筋でサラリーマンやってるんだって思ったらなんて言うか……、ホント、尊敬した」

知人は「俺、いろいろあったけど、なんかこれだけで報われた気がしたわ」とうまそうにジョッキを口に当てた。私は知人の目の奥に光るものを見て、単純に「親子っていいなぁ」って思ったのだ。

子どもからリスペクトされる父親に間違いはない。そして、母親の有形無形の下支えについても子どもは尊敬するはずだ。

■「目に見えない財産」をどれだけ子どもに残せるか?

【思春期の子どもへの留意点3.黙って子どもとシジミ汁を飲む】

私の息子が15歳の頃(現26歳)、プチ家出をし、結果的に父親に捕獲されふたり無言でシジミ汁を飲んで帰って来たことがあった(詳しくは拙書『父親道』で)。

子育ては予測不能で訳のわからないことの連続だと思い知ったが、その時に思い出したことがある。

大昔、まだ私の子どもたちが幼かったころ、若くして未亡人になっていた私の姑が何かの手仕事をしながら、ポツリポツリとこう言ったのだ。

「今年の田植えも近所の人に助けられて、無事、済んだ。これというのもお父さんが生きとりなさった時分に(ご近所に恩返しをしてもらえるという)こういう目に見えん財産を残さりなさったもんで、今があるんやなぁ……。

りんこさん、子育ていうんわな、アッと言う間に終わるようでもあるけれどこうしてみると、ホントに(例え、親が亡くなったとしても)長い長い仕事でもあるわなぁ。ゆっくり、ゆっくり育てりゃーね。

人生は長い。アンタの人生もまだまだこれからやな。ましてや孫たちの人生はもっともっと続かなあかん。それこそ、孫たちはアンタがのうなってしまってからも、アンタたち夫婦を土台にして綿々と生きて行かなあかん。そして、そのまた子どもを育てて、そんな風に繋がっていくのが、人の道いうのかもしれんね……」

人として一生懸命に生きる姿を見せ、子ども個人の個性を認めることがポイントではあるが、私は結局、世のお父さんにはこう思っている。

父親は何も言わなくていい。その存在だけで十分なのだ。毎日、当たり前のように黙々と仕事をして、生活をさせてくれている姿を見せるだけでいい。

そして、わが子が迷子になりかけたときにだけ、無言で一緒にシジミ汁を飲んでくれたらそれで十分だ。だから、お父さん、これからは、体にだけは気を付けて。

( エッセイスト、教育・子育てアドバイザー 鳥居りんこ=文)