先週、11年ぶりにロシアのヴラジーミル・プーチン大統領が訪日したが、平和条約・領土問題交渉では日本側が期待した大きなサプライズはなしという、多々報道されている通りの結果に終わった。

 来日の数日前に読売新聞によるプーチンへのインタビュー記事が出て、彼がそこで「本音」らしきを詳細に語っていることから、ネタバレのフィナーレを見せられた感がなきにしも、である。

 その影響を受けてか、訪日後に出された幾多のメディアや研究者からのコメントは、訪日前の繰り返しや既知の事実を追っているだけ、というやや気抜けしたもののようにすら見える。

 安倍晋三政権が2021年まで続く可能性もあるから、その時までに解決すれば、とかの取らぬ狸の出現に至っては、何かを言わねばならない立場の苦しさをただお察しするのみ。そして、なぜこういう結果になったのかについて彼らの探索は始まったばかりだ。

日米安全保障条約を突いてきたプーチン

 その読売のインタビュー記事や、安倍首相との共同記者会見でプーチン大統領自身が述べた言葉には、日本に対して北方領土の返還と日米安全保障条約との関係を新たに突いてきたと指摘される部分がある。

 この点が多くの論者にも注目され、日米安保条約ある限り島は返せない、というに等しいから交渉のバーを引き上げてきたもの、と解する向きもおられる。

 だが、思い起こせば、調印60周年を迎えた日ソ共同宣言も、合意・批准から数年後に日本が日米安保条約を締結したために、当時のソ連がこれに反発して2島返還の合意撤回を一方的に宣言している。

 条約相手がある話だからこれで済まされるべくもないのだが、状況が変われば過去の約束事も反故、というロシア人の伝統芸が当時から発揮されていたわけだ。

 今の米ロ関係は、第2次世界大戦終了からの10年間や、ミハイル・ゴルバチョフ氏登場前の1980年代前半の時代と似たような刺々しい状況にある。プーチン大統領が安保条約を問題視するのも、彼にすれば当然のことなのだろう。

 フョードル・ルキヤノフ氏が説くように、プーチン大統領が日本に信用を置くようになるのは、日本が思っているほど簡単ではないようだ。西側に騙され続けたとの思いは根深い。

 そうしたプーチン大統領の主観をさて措いても、返還後にそれ以前よりロシアの安全保障に大きなマイナスが出るなら、返還そのものに応じるわけにはいかない、とはロシア人ならずともごく自然に出てくる反応だろう。

 この点を突き詰めて考えてみると、対ロ関係のみならず日米関係での日本の立場を改めて日本に問い質してきているとも解せる。

 属国などと揶揄される対米関係を日本はこれからも永劫に続けていくつもりなのか。これは1世紀に近づいていく戦後史の中で、実は日本人ができるだけ直視を避けてきた問題でもある。

 それは新たなドナルド・トランプ大統領の下での日本の対米自主外交の可能性を問うだけではない。国際情勢は流動しても、その中で日本という国の、他国に影響されない外交・安保の哲理なり原則なりを持つ気があるのか、それを持てるのか、の回答を、影響度世界ランキング1位が37位に迫っているに等しい。

 安倍首相は5月以来、これまでの北方領土に絡む法律・歴史論争をやめて経済関係拡大に焦点を移し、その流れで事実上の領土回復をまずは目指す方針を採ったと報じられる。それが、最終的には2島+αでの決着も視野に、と大いにメディアを賑わすことにもなった。

 プーチン大統領も、一度は日ソ共同宣言の有効性を口にした以上、最後の最後には2島+αまで行くこともやむを得ぬまいか、とくらいは心中踏んでいたものと想像する。

日本側に意思統一の不手際

 だが、9月から12月までの間に日本はその基本的な態度についての回答を試みたものの、ロシア側を納得させることが恐らくできずに終わった。

 自陣営内での意思統一の不手際があったからなのかもしれない。こうしたことが、恐らく日本側にとって、9月以降のプーチン大統領の感触が変化した、と受け止められたことの主な理由のように思える。

 中国とロシアに対する日米安保条約適用で差をつけることも想定する日本の立場の、言わば辻褄合わせで生じかねない矛盾点を中国は先刻承知だっただろう。そんなことなどできるはずもない、と裏で彼らはロシアに対してそれが日本の弱点だと大いに吹き込んだかもしれない。

 親露の前評判が高いとはいえ、米国の新政権が実際にはどう出てくるのかがまだ読み切れないという今のロシアの立場も、日本の将来の出方に対する不安を増幅しただろう。

 名越健郎氏はその近著『北方領土の謎』の中で、「外交はタイミングが全て」なる米国の元国務長官の言を引いて、特にソ連崩壊前後からの波に乗れなかった日本の対ソ・対露外交の問題に触れている。

 全くその通りだ。プーチン大統領の「本音」は吐露されても、外交はその「本音」のどの部分にどれだけ目を瞑るかの駆け引きであり、彼も状況次第ではその幾つかを引っ込めねばならないことは百も承知と思う。

 日本は今回、他からの雑音遮蔽も含めて、そうした状況を作り上げることに今一つ力が及ばなかった、あるいはその準備ができていなかった、ということではなかろうか。

 そうなると当面動くことと言えば、経済や人的交流の面での日露関係拡大を図ることだけ、となる。それは、企業にやる気が起こるなら前に進むだろう、という、従来同様のごく自然体の話に沿ったものになる。

 かつて「自由と繁栄の弧」という外交でのキャッチフレーズが掲げられた時に、その実現のために中東の周辺諸地域への民間案件を促進しようと官庁が動いたことがあった。

 結局、リスクが大き過ぎるとして企業側が話に乗れず、それが明白になってこの話は終わってしまったが、その時に某官庁の担当が、「民間のリスクなどどうでもいい話」と言い放ってくれたものだ。

日ロ経済関係強化は誰が望んでいるのか

 民間が言いなりにならず焼けになったのだろうが、正体見たりである。爾来、官庁側にはこうしたことへの反省もあったのかもしれない。今回の8項目提案ではそのような御無体もなく、政府は企業に対して然るべく配慮を払って話を纏めようとしてきている。

 話が日本企業の採算いかんならば、それはロシア向けの案件とロシア市場の魅力的度次第なのだが、ロシアのメディアには、日ロの経済関係強化を望んでいるのは日本の方だ、との論も現れている。

 資源輸入と衰退経済を支える輸出市場確保のために日本はロシアを必要としている、といった論のようで、噴飯ものと言うか、ご愛嬌とでも言うのか。それは日本の側が、ロシアが欲しがっている投資を行えば日本の言い分も聞くようになる、といった論を弄ぶのと似たり寄ったりのレベルでしかない。

 ロシア、特に極東への投資が欲しいなら、それがASEAN(東南アジア諸国連合)やインド・バングラデシュなどの市場より魅力的なものでなければならないし、そこを外資の輸出基地にしたいなら、その外資の母国、例えば日本に比べてよりよい経済条件を揃えていなければならない。そして、投資して儲かった、という実例を1つでも2つでもまずは作らねばならない。

 プーチン大統領の雄弁この上ない読売掲載の「本音」も、この至極当たり前の点については触れていない。そして彼とロシアが知らねばならないのは、この「本音」を読んでロシアが好きになる日本人も、対ロ進出を思い立つ企業経営者もまずいないであろうという点である。

 その中で述べられている2島返還に関する部分は、さらに直截な「日ソ共同宣言で2島の返還とされているが、主権を移すとはどこにも書かれていない」という表現で安倍首相にぶつけられたらしい。日本に対して、まるで「肉1ポンド、とあるが、血については何も書かれていない」と審判を下したようなものだ。

 領土問題解決が迂遠な話となり、そのうえシャイロックまがいの扱いで見られたのでは、世論調査でロシアが「好き」が「嫌い」を上回るという可能性もやはり迂遠な話でしかない。

 さらに、仮に島が返還される時が来たとしても、その後の日本の対露感情がそれまでとは大きく変わるといった展望も保証の限りではなくなる。

 平和条約と領土問題はもしかしたら安倍・プーチン世代で決着がつくかもしれないが、日本人がロシアを好きになると言う時代の到来は、次の世代以降を待たねばならないのか、との思いを深くする。

 次の世代と言えば、ロシアでは、経済発展相に34歳の若手が登用された。それでも今の内閣では下から2番目の年齢という。このコラムでも紹介された、ロシアの財界人の集まりである「実業ロシア」の会頭、アレクセイ・レピク氏は37歳である。

 日本の某大学が社会人のためのロシア講座を開講した。10人の講師が参加してそれぞれの専門分野を語っており、皆が一流人士だけあってその内容は評価に値するのだが、8人が50代から上の方々、残りのお2人でも40代だった。これがロシアでの試みだったなら、多数を30代から40代が占めてもおかしくはないだろう。

小泉悠氏の傑作『プーチンの国家戦略』

 日本の企業や官庁のような組織体では、どう批判を受けようと古式豊かな年序列の枠がそう簡単には外れないだろうから、いきなり若い世代からトップが躍り出てくることはあり得まいが、せめてジャーナリズムや研究者の分野ではそうあってほしいものと思う。

 その点で、今年は泰斗のプーチン論や名越氏のような団塊世代の好著に並んで、次世代を担う向きの著作が幾つか出されたことにも注目して置きたい。

 このJBpressのコラムにも登場する小泉悠氏の『プーチンの国家戦略』は、その中でも一押しだろう。十八番の軍事関連のみならず、そのロシアの政治・外交との結びつきが分かりやすく説かれている。ご本人が書くところによれば、ロシアへ通い始めてからまだ10年とのことだが、それでこれだけの内容を書けるとは大したものと率直に思う。

 経済では幾つかある中で、安達祐子氏の『現代ロシア経済:資源・国家・企業統治』を挙げておこう。ロシアの大手企業数社を取り上げ、その成り立ちや行動形態の各論からロシア経済の実情を彫り込んでいる。やや晦渋な学術書ながら、欧米の経営学の視点も加味して解析するという、従来の日本ではあまり見られなかった手法を採っている。

 ロシアを見る際に、我々は意識せずとも西側の尺度・価値観を援用している。しかし、抑々それらがどのような歴史と由来を持ち、どのように組み立てられたものなのかを理解していなければ、対象のロシアの動きを正確に見ていくことは覚束かないのではないか。

 これを敷衍すると、宮家邦彦氏の指摘のように、欧米しか知らない国際政治学者と、特定地域しか知らない地域学者の交わり難い二層構造から成り立つ今の世界の地域分析を、どこまで統一された形に持っていけるのかが求められることになる。

 要は、ロシアを知るとは、それが関わり合いを持つ欧州も米国も、そして中国、中東、そして一番肝心な日本についても知っている、という途轍もない要求値が出されているということなのだ。

 それが、諸外国の研究者との競争激化を伴う対外知見のグローバリゼーションということなのだろう。

 若き諸兄諸姉には、このフロンティアに立ち向かっていただきたく思うものである。

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筆者:W.C.