マリオの生みの親として知られる宮本茂

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 任天堂の人気ゲーム「スーパーマリオ」「ドンキーコング」シリーズの生みの親・宮本茂が、「スーパーマリオ ラン」と自身の過去について12月8日(現地時間)、ニューヨーク・アップルストア開催のイベントで語った。

 任天堂の入社経緯について「会社に電話したとき、デザイナーを募集していないと言われました。当時僕は工業デザイナーでしたが、無理やり面接してもらい、そこで開発部長のところに自分の作品を直接持って行き、それが理由で入社しました。入社して翌年くらいに『スペースインベーダー』がはやって、任天堂ももっとビデオゲームを作ろうという話になり、僕もビデオゲームの絵を描くようになりました」と明かした。

 一般的に、どんなゲームが面白いのか。「自分でやって失敗して、今度はこうしようと思うもの。それから周りで見ている人が『俺の方がうまくできるから、俺に貸せ』と言えるゲームが面白い。それをすると画面に映っているものを皆が理解できる。例えば女の子が居たら助けに行く、というようなもの。そんな状態をちゃんと見せるのが大事で、プログラマーは絵を描けなかったけれど、僕は絵が描けたので、それを武器にしてゲームを作りました」と語った。

 スーパーマリオのコンセプトについて「最初は、ゴリラがいて傾斜を登って、ゴリラのところに行くためのおじさん(スーパーマリオ)が出てきました。その時はマリオは大工でした。そして双子の弟ルイージが登場し、その時にカメがのこのこ出てくる映像が浮かんで、下に居たカメがまた戻ってくる状況を考えてパイプをつけ、それがニューヨークの地下だと思ったことから、マリオは大工ではなく、配管工になりました。最後にマリオが大きくなったりするのですが、そんな不思議なアイテムはキノコだと思い、キノコの森に迷い込むマリオが何をするかというと、きっと姫がいて、その姫を助けに行くことになると思いました」と説明した。

 「スーパーマリオ ラン」のモバイル始動について「正直なところ、僕らは一つのプラットフォームで作りたくて、マルチにやるとクリエイティブ以外の仕事が出てきます。任天堂のハードウェアはトップではなくても、一番買いやすく、多くの人が持っているという場所を維持してきました。ニンテンドー3DSなんかも6,000万台以上ありますが、スマートフォンははるかにその数字を超えています。スマートフォンでプレイできる対応をすべき時代になったんです」と説明した。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)