大変残念なニュースが飛び込んできました。

 ドイツ連邦共和国の首都ベルリンで日本時間の20日午前4時頃(=現地時間12月19日夕方8時頃)、ポーランド籍の大型トラックがクリスマスの屋台でにぎわう市中心部の青空市場に突っ込み50メートルほど暴走、少なくとも9人が亡くなり、負傷者の数は現在調査中という段階で、この原稿を急いで書いています。

 犯人は2人組で1人はその場で死亡、もう1人は身柄を取り押さえられて、現在は捜査当局が取調べをしている模様です。

 犯行に使用されたポーランド籍の大型トラックは4時間ほど前から運転手と連絡が取れなくなっていた・・・。

 おおまかに、このような内容の第一報が伝えられていると思います。

 また同じく19日の夕刻、スイスのジュネーブでは中央駅近くのイスラムモスクで銃撃事件があり3人が重傷、犯人と思しい人物は近隣の橋の上で死亡しているのがみつかり、またトルコの首都アンカラではロシア大使がアートギャラリーでの写真展オープニングで演説中、警察官の男に狙撃されて死亡、犯人もその場で射殺されるなど、きな臭い報道が相次いでいます。

 これらに共通の背景があるとは考えにくく、いわゆる同時多発的な犯行の可能性は極めて低いと思いますが、グローバルな世情全体がリスキーな方向に流れているのは間違いないといって外れないでしょう。

懸念されていた「クリスマス・テロ」

 11月から12月頭にかけて在独だった私は、短い期間にこの現場を少なくとも3回通っています。地の利を含め、多くのことが察せられますので、順次記してみます。

 ドイツでは、ミュンヘンのショッピングセンターで突発的な銃の乱射事件があり、子供を含む少なくとも9人の死者と、多数の負傷者が出ました。犯人の18歳少年は犯行後自殺してしまい、真相はいまだよく分かりません。

 7月22日の夕刻、ミュンヘンオリンピックセンター近くで起きたこの事件以後、公の行事の際には大変な警戒が敷かれていました。

 ご存知のようにドイツの秋は「オクトーバーフェスト」10月収穫祭に代表される様々な行事が開かれ、町は人々でにぎわいます。

 その一つひとつに徹底した警備が張りつけられた。

 この乱射事件の直前、7月14日にはフランス革命を記念する、いわゆる「パリ祭」でにぎわうニース近くの観光遊歩道「プロムナード・デ・ザングレ」で花火見物をしていた群集に大型トラックが突っ込み、少なくとも84人が死亡、200人以上が重軽傷を追うテロ事件が発生していました。

 欧州では11年前、2005年7月7日のロンドン地下鉄爆破、近くは今年3月22日のブリュッセル空港爆破テロ以降、爆薬や銃器などのテロに対しては非常に厳密なチェック体制が敷かれています。

 7月のフランスでの「大型トラック特攻」は、こうした警戒の網の目をくぐるもので、警備当局の死角が突かれた形で、欧州社会全体に衝撃が走りました。

 大型トラックであれば、国境をまたいで国際社会を普通に走行しており、流入そのものは防ぎようもありません。

 積荷の中に火器や弾薬でもあれば別ですが、トラック自体の通行を禁止することはできない。そんな当たり前のものが、すべてテロの道具に早変わりしてしまう。

 欧州各国では国境を越え警備当局が大型トラックの管理ないしチェック体制も強化しており、今回もポーランドのトラック所有者とすぐに連絡を取って、4時間前から運転手と連絡が取れなかったことが直ちに判明したものと思われます。

「原爆ドーム」の真横でのテロ

 今回のテロが実行された場所は「ベルリン市外中心部の、にぎわうクリスマス市場」で「近くにショッピングセンターや動物園もある」などと紹介されていますが、一番大切なことが丸々抜け落ちています。

 トラックが突っ込み、また停止した真横にある「カイザー・ヴィルヘルム記念教会」の存在です。

 この建物は1945年のベルリン大空襲で被弾し炎上、崩壊しかけましたが、かろうじて倒壊を免れたので、爆撃されたままの形で保存修復され、戦争と空襲のモニュメントになっているものです。

 いわばベルリンの「原爆ドーム」と言うべき、モニュメンタルな建築物、その真横で今回のテロが起きている。

 さらに言えば、欧州の恒久平和への誓いと、ナチスドイツの犯した愚行を二度と繰り返さないという決意をもって、この一帯は「ヨーロッパ広場」と名づけられており、その真ん中には「ヨーロッパセンター」というショッピングモールが建てられています。

 そういうドイツにおける「ヨーロッパの中心」、ドイツ語ではオイローパ・センターと呼ばれ、ベルリン分割時、旧西ベルリンの中心となったツォー駅(動物園駅)前のスペースとして、メモリアルな位置づけがある場所で、今回のテロが起きている。

 報道を目にすると、あえて意識的にこの「オイローパ・センター」などの用語使用が避けられているようにも見えます。

 犯行側としては、テロの報道そのものが、欧州市民社会側の右傾化した反動を掻き立てる期待からそのようにしている面もあると思われ、あまり強調しすぎない方がよいのかもしれませんが、重要な背景の1つと思われます。

犯行を誘発しやすい立地条件

 今回の犯行は、旧西ベルリンの中心、動物園(ツォー)駅の目の前で起きています。

 正確には、ツォー駅の大ガードをくぐって、西側から伸びている目抜き通りの1つ「カント通り(Kant Strasse)」が鉄道の東側に入るとカイザー・ヴィルヘルム教会にまっすぐぶつかるので、その脇を走っているもう1つの道、ハルデンベルガー通り/ブダペスター通りに合流する地点、コップに柄をすげるように少しだけ曲がっている、その曲がり口で発生しており、率直に恐怖を感じました。

 このように文字で書くと分かりにくいですが、つまり、長く伸びた直線状の滑走路のような道があり、それが最後に120度ほど折れて、別の通りに垂直に合流するのです。

 この120度を曲がらずに、滑走路のまま直進すれば、カイザー・ヴィルヘルム教会の横に出てしまいます。

 そこで、今回の暴走トラックが行ったのは、その通りの行動、カント通りの方向のまま直進して教会横のクリスマス市に突っ込み、人や建物をなぎ倒して50メートルほど進んで止まった、という状況だと思われます。

 例年このあたりには、マッシュルームを大なべで煮て売る店、クリスマスの温かいワイン(グリューワインといいます)の屋台、焼肉や揚げ物を供する小屋、風船やボールを当てて賞品を落とす子供向けのアトラクションなどが立ち並んでいます。

 現場のビデオからは、トラックがそれらをまるごとなぎ倒して進んでいった様子が見て取れます。

 ぬいぐるみを落とそうとボールを投げていてトラックに轢かれた子供がいるかもしれません。あるいは煮物や揚げ物油の大なべがひっくり返り、それを浴びた被害者などがいるかもしれません。

 手に取るようにその場の状況が想像され、ただ単に「クリスマスでにぎわう市場にトラックが突っ込んだ」といった大味な表現を超えて、すさまじい状況が察せられ、思わずこの原稿を書き始めました。

 先ほども記しましたが、私自身このエリアを非常に頻繁に通ります。というのは、ツォーの駅で降り、ヨーロッパ広場を抜けてヨーロッパセンターにある換金店で、ドルや円をユーロに日常的に両替しているのです。

 ここの換金はレートが良く、長年使ってきましたし、被害に遭ったエリアの屋台で、クリスマス市のソーセージや飲み物を買った回数など、数え切れません。

 欧州でのテロと言うと、いまだ国内では対岸の火事的な反応をされることが多いけれど、2020東京オリンピックに際しては、何らかの事態が予想され、私は今から、可能な限り人混みには近づかない方が安全、と近しい人々には率直に話すようにしています。

 このところベルリンでは、ビルマルク通りでの自動車爆発など、比較的頻繁に通る場所で、通常ならあり得ない事件が起きており、防御のしようがない、どうしたものか、と思っていましたが、今起きたテロは、まさにそうしたリスクが現実になってしまい、言葉もありません。

 いまだ、犠牲者の冥福を祈る、といった言葉も出てこず、もし自分があそこを歩いていたタイミングだったら、たぶん生きてはいなかっただろう、という等身大の現実感に、過不足ない恐怖を覚えています。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

筆者:伊東 乾