物質と衝突すると莫大なエネルギーを発生して消滅する「反物質」は、宇宙誕生時の状態を調べるために重要な物質とみられていますが、自然界ではほとんど観測することができていません。CERNの研究グループALPHA collaboration(ALPHA)が、実験室で作り出した反水素原子のスペクトルの詳細な観測に世界で初めて成功しました。反物質を詳細に分析することで、反物質の物質との違いについての研究が進むと期待されています。

Observation of the 1S-2S transition in trapped antihydrogen : Nature : Nature Research

http://www.nature.com/nature/journal/vaap/ncurrent/full/nature21040.html

ALPHA observes light spectrum of antimatter for first time | CERN

https://home.cern/about/updates/2016/12/alpha-observes-light-spectrum-antimatter-first-time

Scientists Blast Antimatter Atoms With A Laser For The First Time : The Two-Way : NPR

http://www.npr.org/sections/thetwo-way/2016/12/19/506134622/scientists-blast-antimatter-atoms-with-a-laser-for-the-first-time

原子は原子核とその周りを回る電子から構成されており、電子が別の軌道に移動するときに特定の波長の光を吸収したり放出したりするため、固有のスペクトル(波長の分布)を形成します。このようなスペクトルを観測することで物質の状態を推察することは重要な手法であり、例えば遠く離れた星の光スペクトルを分析することで、星の組成元素を決定しています。

ALPHAの研究者は、反陽子減速器から取り出した反陽子に陽電子を混合してプラズマ化することで、9万個の反陽子から2万5000個の反水素原子を取り出しました。取り出した反水素は強力な磁場を発生させた真空装置内で15分間も捕捉することに成功。そして、反水素と水素を比較・観察するために、レーザーを使用することで1s軌道から2s軌道への遷移で発生されるスペクトルを非常に高精度に観測することに成功しました。



ALPHAの実験を主導したオーフス大学のジェフリー・ハンス博士が、今回の実験についてムービーで解説しています。

The ALPHA experiment observes light spectrum of antimatter for the first time - YouTube

「私たちの目的は、反物質の反水素が水素と同じ光特性を持つのかを知ることです」と述べるハンス博士。



「これまでの実験の結果から言えば、その答えは『イエス』です」



現在数十億分の1という実験の精度を数百兆分の1のレベルに高めるのが目標だとハンス博士は語っています。



反物質は物質と反応すると強い光を放出して物質もろとも消滅します。この画像は、実験器具内の壁に反物質が衝突して消滅したときに発した光を示しています。



今回の実験で観測されたスペクトルは、物質と反物質のスペクトルを比較した初めての観察だとのこと。「数十億分の1の精度」という現在の実験的な制限の下においては、水素と反水素において有意な差は確認できなかったそうで、この結果は「水素と反水素は同一の光特性を持つはずだ」という素粒子物理学の標準理論に一致しています。ハンス博士は、さらに実験の精度を高めて反水素を分析する予定で、物質と反物質が同じ物理法則に従うのかを解明することに大きな期待を寄せています。



・おまけ

CERNなどの国際研究チームは、国際宇宙ステーションに設置したアルファ磁気分光器(AMS)の分析から、ヘリウムの反物質である反ヘリウムを宇宙空間で検出した可能性があると発表しています。

ISSのアルファ磁気分光器、反物質「反ヘリウム」を宇宙空間で検出か | マイナビニュース

http://news.mynavi.jp/news/2016/12/13/047/

宇宙の始まりを説明するビッグバン理論から導かれ得る「反物質で構成される領域が宇宙空間のどこかに残っている」という仮説を支える根拠となる可能性が指摘されています。