最前列から後ろ3列あたりまで、軍服姿の黄炳瑞、金元弘氏を含む党人で占められている。

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金正恩党委員長の朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に対する無慈悲な冷遇ぶりが際だっている。

金正日総書記の5周忌にあたる12月17日、正恩氏は、党・国家・軍の幹部らと、金日成、正日氏の遺体が安置されている錦繍山(クムスサン)太陽宮殿を参拝したが、北朝鮮国営メディアは極めて異例の写真とともに、その様子を配信した。

前3列ほどを朝鮮労働党の幹部らが占め、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍服姿の軍人らは後ろの方へ追いやられており、ほとんど見えないのだ。

北朝鮮は金正日総書記の時代から、すべてにおいて軍事を優先するという「先軍政治」をスローガンに掲げてきたが、金正恩氏は軍を徹底的に押さえつけようとしているようだ。

「高射銃」で人体が跡形もなく

今年7月に行われた第13期最高人民会議第4回会議で、国家最高機関として、それまでの国防委員会に替わり国務委員会が誕生。さらに、国防委員会の下にあった人民武力部も、人民武力省に改称された。一般的に「部」は国防委員会の所属で、内閣所属の「省」よりは格上と言われている。明確ではないが、事実上の格下げだ。

軍幹部に対する粛清も容赦ない。2015年4月には玄永哲元人民武力部長(国防相)が、平壌郊外の姜健(カンゴン)総合軍官学校で高射銃で公開処刑さた。高射銃とは事情通によると、「1発でも当たれば、人体の一部が吹き飛ぶ。発射速度の速い機関銃で打てば、粉々になり原形をとどめないだろう」と言うほどの恐るべき銃火器だ。正恩氏の処刑方法がいかに残虐なのかがよくわかる。

今年2月頃に動向がとだえ、処刑されたと噂されていた李永吉(リ・ヨンギル)元総参謀長は5月に再登場する。その際、降格を示す星が減った階級章をつけて登場するなど、まるで見世物のように扱われた。ここ数年の間に軍幹部に対する粛清・処刑や、統制強化が尋常ではないことを物語っている。これは、1990年代に起きた血の粛清事件以来のことだ。

さらに、今回の金正恩氏の参拝報道から見えてくるのは、表舞台における軍に対する無慈悲な冷遇だ。

例えば、北朝鮮では、軍服姿で宮殿を参拝したり、ひな壇で軍事パレードを観覧することは自分の地位を誇示して再確認するための一つの手段だった。ある時は、生粋の党人が軍に自分の存在をアピールするためか、軍服を着て参拝することさえあった。下の写真を見て欲しい。昨年12月17日に金正恩氏が錦繍山太陽宮殿を参拝した際、周囲は全員が軍服姿だった。

このうち正恩氏の右隣に立つ黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏は、朝鮮人民軍総政治局長だ。名称こそ朝鮮人民軍となっているが、党が軍を監視、指導する組織である。右端の金元弘(キム・ウォノン)氏は、秘密警察である国家安全保衛部(現在は、国家保衛省)のトップ。国家安全保衛部は、国防委員会(現、国務委員会)直属とされているが、事実上は党の命を受けて動く。黄炳瑞、金元弘の両人は党人と言って差し支えない。

次に上の写真からちょうど1年後、今月17日に北朝鮮国営メディアが配信した参拝時の写真を紹介する。

先述のように、最前列から後ろ3列あたりまで、軍服姿の黄炳瑞、金元弘氏を含む党人で占められている。軍服姿の軍人とみられる参拝者らは党人らの後ろのほうに見られるが、意図的に後ろへ追いやられていると見て間違いない。その一方で、最前列右端に崔龍海(チェ・リョンヘ)氏の姿が見える。彼は金正恩氏の側近の一人だが、「変態性欲者」であるとの情報もあり、極めて評判が悪い。正恩氏はそうした人物を目立つ位置に立たせているのだ。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

金正恩氏の軍に対するこうした冷遇ぶりは、今年から顕著になりつつある。正日氏の生誕記念日である光明星節(2月16日)に、北朝鮮国営メディアは、金正恩氏と李雪主(リ・ソルチュ)夫人が錦繍山太陽宮殿を訪れた様子だけを報じたが、軍幹部を含め、随行者と参拝した様子は報じられなかった。

金日成氏の生誕記念日である4月15日の太陽節には、従来と同じく軍服姿の朝鮮人民軍メンバーと参拝した様子が報じられたが、7月7日の命日の参拝の報道では、朝鮮労働党中央委員会の各副委員長のみが随行し、軍服姿の軍人は一人も見られなかった。

金正日時代は先軍政治のスローガンの下、我が世の春を謳歌してきた北朝鮮軍だが、無慈悲な粛清と処刑を通じて、もはや正恩氏にあごでこきつかわれ、時には見世物のようにされて、彼の権威を際立たせるための引き立て役の存在になっているのかもしれない。

とはいえ、金正恩氏が先軍政治、つまり武闘派路線を捨てたわけではない。正恩氏はこの5年間で3度の核実験を強行した。今年は2度の核実験を強行し21発の弾道ミサイルと3発の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の試射を行った。金正日総書記が17年間の執権時代に行った核実験は2度で、発射した弾道ミサイルの数は16発だった。

金正恩氏は自身を絶対的頂点とした軍政を完成させながら、父・正日氏の先軍政治を超えようとしているのかもしれない。それはとりもなおさず、正恩氏の暴走が加速することを意味する。