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ブロックチェーンは社会全体を変えていく「理念」なのか?(写真はイメージ)


(文:堀内 勉)

『』
作者:ドン・タプスコット 翻訳:高橋 璃子
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-12-02


 本書『ブロックチェーン・レボリューション』は2016年5月に発売され、全米でベストセラーになった"Blockchain Revolution: How the Technology Behind Bitcoin Is Changing Money, Business, and the World"の邦訳である。本書の表書きを見ると、次のように書かれている。

「インターネットに比肩する発明によって社会の全分野で起きる革命の預言書

世界経済に将来、最も大きなインパクトを与える技術が誕生した。人工知能でも、自動運転車でもない。IoTでも、太陽エネルギーでもない。それは、「ブロックチェーン」と呼ばれている。クレイトン・クリステンセン(『イノベーションのジレンマ』著者)、スティーブ・ウォズニアック(Apple共同創業者)、マーク・アンドリーセン(Netscape開発者、Facebook取締役)、伊藤穰一(MITメディアラボ所長)らが激賞する普及版にして決定版」

 本書を読了して、ブロックチェーンの本質を最もコンパクトに表現しているのは、伊藤穰一氏の、「インターネットが情報革命を起こしたように、ブロックチェーンは信頼に革命を起こすだろう。これはあらゆることを変える可能性を秘めた技術だ」という文章だと感じた。

 ブロックチェーンは、取引相手や取引内容が本当に信頼できるものなのかという、ビジネスや人間関係における最もベーシックな部分の不安を取り除き、その信頼性を確保するためのコストを限りなくゼロに近づける技術である。インターネットは情報を扱うシステムとして調査と調整のコストを削減したが、ブロックチェーンは価値を扱うシステムとして契約、監視、実行などのコストを削減するのである。

 本書の著者は、テクノロジーが社会や経済に及ぼす影響を研究する未来学者で経営思想家でもあるドン・タプスコット(DON TAPSCOTT)と、その息子でブロックチェーン関連ビジネスへのアドバイザリー会社CEOのアレックス・タプスコット(ALEX TAPSCOTT)である。

 テクノロジーが経済と社会をどう変えるかを20年以上にわたり分析してきたドン・タプスコットは、2016年5月のDLD(Digital Life Design)コンファレンスで次のように語っている。

“これは新しいパラダイムです。私には1993年と同じように思えます。当時、インターネットというものを聞いたことがあるかと講演で尋ねると手を挙げる人は10%位でした。ブロックチェーン、これが次のインターネットです。私たちは、情報のインターネット(internet of information)から価値のインターネット(internet of value)に向かおうとしています。”

本コラムはの提供記事です


 その他、2016年9月のTEDプレゼンテーション『ブロックチェーンはいかにお金と経済を変えるか』や、『WIRED』日本版Vol.25でのインタビュー「ブロックチェーンは革命だ ─ あなたがそれを望むなら」(Blockchain Will Change The World, If We Will It.)でも、著者の考えを知ることができるので、これらも参考にして頂きたい。

ブロックチェーンはデータの信頼性を検証し合う仕組み

 前置きが長くなったが、本題のブロックチェーンについては、自分自身がアナログ人間なので、そのような素人にも分かるように、用語の解説を交えながら、本書の内容を見てみたい。

 そもそも、ブロックチェーンとは何なのかだが、これは分散型データベース(Distributed Database)若しくは分散型台帳(Distributed Ledger)のことで、元々、仮想通貨であるビットコイン(Bitcoin)の中核技術としてSatoshi Nakamoto(中本哲史)という人物により考案・実装された技術を独立させたものである。

 ビットコインは、公共のトランザクションログ(ハードウェアなどの故障があってもデータベース管理システムの信頼性を保障するための操作履歴)を利用する、オープンソース・プロトコル(コンピューター同士が通信する際の手順や規約などの約束事)に基づくPeer to Peer型(コンピューター同士が対等に行う通信方式)の決済網及び暗号通貨(暗号理論を用いて取引の安全性の確保と新たな発行の統制をする仮想通貨)である。

 Satoshi Nakamotoは、ビットコイン・プロトコルとそのリファレンス実装(他者がそれを参考にして独自に実装することを助ける目的で作られたハードウェアまたはソフトウェア)で、ビットコインの公式ソフトであるBitcoin Coreを作ったことで知られているが、本名かどうかも含め、その正体は不明である。2008年、暗号理論に関するメーリングリスト上にビットコインに関する論文を発表し始め、2009年にはネット上にソフトウェアを発表し、そこからビットコインの運用が始まった。

 ブロックチェーンは、多数のノード(ネットワークの結節点)に同一の記録(ブロック)を同期させる仕組みであり、ノード間の記録に差異が生じた場合には、一定のルールに基づく多数決によって正統な記録を決定することで、記録の同期を確保していく形になっている。

 また、既存の記録に新しい記録を追加する際に、次々とチェーン状に追加していくことから、ブロックチェーンと呼ばれている。ブロックチェーンはビットコイン発祥の技術だが、ビットコインよりも一般化された、より幅の広い概念となっている。(Wikipedia「ブロックチェーン」「ビットコイン」「中本哲史」より抜粋)

 つまり、ブロックチェーンは、中央組織を持たないコンピューターのネットワークによって、相互に蓄積されたデータの信頼性を検証し合う仕組みであり、単にビットコインの取引に用いられる技術以上のものなのである。

ビジネスのみならず政府や社会をも変革する

 そして、本書が他のブロックチェーンの解説本と一線を画しているのは、ブロックチェーンを単なる技術としてではなく、社会全体を変えていく「理念」として捉えている点にある。

 これまでブロックチェーンが語られてきたのは、ビットコインを始めとするフィンテック(Fintech)の文脈においてであり、「ブロックチェーンによって従来の銀行は不要になるのではないか?」というのが論点だった。つまり、ブロックチェーンの登場によって仲介者がバイパスされることで、従来のような金融取引の複雑さとコストが劇的に低減し、これまで銀行口座を持てなかった世界の数十億の人々をも巻き込む新しい市場が出現するというのである。

 これ自体は正しい認識なのだが、タプスコット親子による2年間の調査活動の結果分かったことは、ブロックチェーンはビジネスのみならず、政府や社会をも変革する力を持っており、その影響は金融における変化よりも遥かに大きいということである。

 ブロックチェーンの技術は、金銭のやり取りから、不動産、契約書、知的財産、エネルギー、各種証明書、保険金、投票まで、価値を伴うものなら何にでも、あらゆる分野に及ぶものであり、公共の「価値のデータベース」を提供することで「信頼」の源泉を国家や銀行やIT系企業などから奪い取り、中央集権的な現在の国家体制や社会体制を根底から突き崩すポテンシャルを持っているのである。

 例えば、ノーベル経済学賞のロナルド・コースは、『企業の本質』の中で、会社が存在するのは、人と人とが取引する上で必要な取引コスト(検索コスト、契約コスト、調整コスト)を効率化するためだと言っている。このコストを最小限に抑えるために、会社という組織が存在し、そこにヒエラルキーが構築されるのだと。

 ブロックチェーンは、こうしたコストを最小限に抑え、企業のコア・コンピタンス以外の全てのものをアウトソース化することを可能とし、企業のサイズをミニマムにし、その境界を曖昧にしていくのである。

 更に、よりマクロな視点から見れば、今の資本主義社会は「豊かさのパラドックス」という問題を抱えている。つまり、世界経済は成長し企業収益は増え続けているのに、大半の人々はその豊かさを享受できておらず、一般の人々の暮らしは良くなっていない。トマ・ピケティが『21世紀の資本』で示したように、世界中のミリオネアやビリオネアの資本家が益々富む一方で、労働者の暮らしはいつまでたっても良くならない。

 この解決策として、ピケティは資産に対する国際的な累進課税を提唱しているが、タプスコットによれば、これでは単なる富の再配分の域を出ていない。悪いのは資本主義そのものではなく、貧しい人々が金融や経済から排除されている状況なのだと言う。OECD加盟国であっても、15%の人々は金融機関との付き合いがなく、メキシコでは銀行口座を持たない国民が73%にものぼっている。アメリカでさえ、16歳以上の国民の15%(3700万人)が銀行口座を持っていないのである。

 そして、ブロックチェーンならこうした状況を変え、金融サービスへのアクセスを広げ、銀行口座を持たない数十億の人々の夢やアイデアを実現できるかもしれない。本書に登場するパーソナル・ブラックボックス・カンパニーのハルク・クリンが言う通り、「これから起ころうとしているのは、富の再配分ではなく、価値の再配分」であり、「単にお金を配るのではなく、参加できる場を広げるということ」なのである。

 更にブロックチェーンの一種破壊的な可能性を暗示するのが、バルト三国のひとつのエストニア共和国が2015年から始めたグローバル行政サービスである。エストニア政府が提供する電子居住(e-Residency)サービスは、居住権を持たない外国人でもエストニアでIDを取得して、銀行口座を開設したり、起業したりすることができるなど、エストニアの公的プラットフォームを利用できるという画期的なものである。

 現在は利用可能な行政サービスの範囲はまだ限定されているようだが、各国がこれを見習って行政サービスのデジタル化を推し進め、そこにブロックチェーンの技術が加われば、バーチャル国家やバーチャル国民の出現によって、国境とか国民といった基本的な概念自体が溶け出してしまう可能性がある。

リバタリアンにとっての「理想郷」が出現?

 こうした、ブロックチェーンが暗示する、「世界から中央集権的なものを全て取り除く」という発想は、よく考えてみれば、極めてアメリカ的なリバタリアン(完全自由主義、自由至上主義、自由意志主義)の発想そのものである。

 リバタリアンからすれば、全体主義や共産主義は論外として、個人の自由の前提となる社会的公正を訴え、政府による富の再分配や規制などを通じた社会への介入を是とするリベラリズム(自由主義)も容認できない考え方である。

 そして、ブロックチェーンによって完全なPeer to Peerの分散型社会が実現すれば、個人は何物にも縛られることなく、自分の自由意志だけで世界を生き抜いていけるという、リバタリアンにとっての「理想郷」が出現するかも知れない。

 この点について、タプスコットは資本主義社会から誰も排除されないインクルージョンの社会(包摂的な社会)を楽観的に思い描いている。確かに、ブロックチェーンは取引コストをゼロにすることで、全ての人々を包摂するインクルーシブで、勝ち組と負け組を区別しない仕組みである。

新たな分断された社会になる恐れも

 しかしながら、一旦、ブロックチェーンが提供する「信頼」というものから明確に排除された者、つまり、社会的に「この人間は信頼できない」というお墨付きを得てしまった人々が、この来るべき世界でどのように生きていけるのかの具体的なイメージが、本書を読んでも自分にはつかめなかった。

 1990年代にインターネットが世界に広まり、多くの人々は、中央集権的に統制された社会が分散型にネットワーク化された個人主体の世界に取って代わられるバラ色の未来を思い描いたが、実際に起きたのは、IT系企業による情報の独占であり、国家によるプライバシーの侵害であった。

 希望が失望に変わる中で時代の閉塞感が生まれ、それがBrexitやトランプ現象に現れているように思う。こうした閉塞感に対して、ブロックチェーンは、インターネットが築いてきた礎の上に、より根本的で本質的な変革をもたらす新たな選択肢を提示してくれるのである。但し、そうした新しい社会は本当に世界中の個人と個人が対等で自由な立場でつながる理想郷なのか、或いは「信頼」を物差しにした新たな分断された社会なのか、今の時点では分からない。

 そして、本当にこうした新しい変革を望むのか否か、それは私達自身の選択にかかっており、それがタプスコットの言う、「あなたがそれを望むなら」(If We Will It)の意味なのである。

WIRED(ワイアード)VOL.25[雑誌]
作者:
出版社:コンデナスト・ジャパン
発売日:2016-10-11

 

堀内 勉
1960年東京生まれ、東京育ち。東京大学、ハーバード大学大学院卒。資本主義の教養学公開講座を主催し、資本主義研究を進める傍ら、邦銀、外資系証券を経て大手不動産会社で経営に携わった経験を基に、現在、多摩大学大学院、青山大学大学院で教鞭をとる。趣味は料理、ワイン、漆器収集、読書で、軽井沢でワインバーも経営している。読書はノンフィクション中心で、ジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで、知的興味をそそるものであれば何でも。


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筆者:HONZ