専門医制度変更への議論が喧しい。新専門医制度の2017年度実施は見送られ、日本専門医機構の理事は変更となった。

 専門医制度の問題点については数多くあるが、ここでは医師の偏在についての議論を取り上げたい。曰く、「医師の地域偏在が深刻化しており、その是正のために専門医制度を変更しないといけない」というものだ。

 そもそも医師の教育と地域偏在は無関係であるが、ここでは措く。私が異常だと感じるのは、厚生労働省、大学医学部、日本医師会に至るまでが、データの提示なしに「日本の医師の偏在が悪化している。どうして若者が地方へ行かないのか」と口々に言うことだ。

 特に槍玉に挙げられるのが、2004年に始まった臨床研修制度だ。

医師数の格差は解消に向かっている!

 この制度のせいで、大学医局に属さない病院へ就職する新卒医学生が増えたために、大学医局が支えていた地域医療が崩壊した、というのがその主旨である。

 ここで、あるデータを紹介したい。公開されている市町村ごとの医師数、人口データを元に、医師の偏在を定量的に評価したものだ。

 使ったのは、「ジニ係数」と呼ばれる、所得格差を表す指標であり、数字が大きいほど格差が大きい。通常は所得で行うところを、市町村人口あたり医師数に置き換えて、ジニ係数を計算した。

 すると、驚くべきことに、新臨床研修制度が始まった2004年から2014年まで、ジニ係数は0.60から0.56と、ジニ係数は減少傾向にあった(図)。

 つまり、医師の地域偏在は、拡大するどころか、むしろ縮小している可能性すらあるのだ。これは、私の実感とも一致する。

(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで図をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48672)

 確かに、臨床研修制度によって、「勝ち組」と「負け組」の病院が生まれた。しかし、「勝ち組」、つまり若手の研修医がたくさん入ってくる病院の多くは、医師不足地域にある中核病院である。

 患者数に比して医師数が少ない病院では、研修医の出番が多く、成長する機会も大きいからだ。

 このような病院の中で、研修医教育に力を入れている病院が総じて研修医の人気も高い。臨床研修制度によって医師の流動性が高まり、偏在が緩和されたという可能性は十分にある。

大学病院での研修が激減

 では、なぜ「医師の偏在が加速した」と言われるようになったのか。

 それは、「大学関係者の目の届く範囲から」医者がいなくなったからである。大学病院で研修する研修医の割合は、2004年の56%から2016年の40.5%へと、減少傾向にある。

 この影響で、研修医が終わってからも、大学医局に属さない医師が増加した。大学関係者にとっては、大学医局に属さない医師というのは自分の人事権が及ばない存在であり、腹立たしいのだろう。

 「オレの目の前から消えた若い奴らは、どこかでのうのうと気楽に生きているに違いない」という思い込みがある。そして、その思い込みを「都市部への医師偏在の加速」という意見によって正当化しようとする。

 しかしデータを見れば、臨床研修制度が医師の偏在の緩和につながった可能性の方が郄いのである。少なくとも医師偏在が加速している証左にはならない。

 大学医局から医師が消えただけで「地域医療が崩壊する」と叫ぶ大学関係者の傲慢さには呆れる。通信販売や電子書籍の煽りを食った街の書店が、「最近の若者は読書をしない」と嘆くようなものだろう。

 医師のキャリアモデルに選択肢が増えただけだ。

 私が最も危惧するのは、この5年間、医師の偏在が加速したという説が幅を利かせているにもかかわらず、その根拠が示されていないという事実である。

 先程のジニ係数などはすべて公開されているデータだし、計算自体は通常の表計算ソフトでも簡単にできる。にもかかわらず、このような偏在の推移に関するデータが、厚労省の検討会で真剣に議論された形跡はない。

 データをあえて無視して「医師の偏在が進んだ」と述べるほどの悪意があるのなら、まだましなのかもしれない。

偏在の評価など思いもよらなかった?

 実際には定量的に偏在を評価することは思いもよらなかったのではないだろうか。

 自らの思い込みも、大勢が復唱して何度も唱えているうちに自己暗示がかかり、確信に変わっていく。あらゆる検討会で、何のデータもなしに「医師の偏在が加速」と合唱するその姿は、狂信者そのものである。

 会議室で妄言を喚くにとどまればいいのだが、その妄言で政策が方向づけられてしまうのだから困り者だ。

 日本の医療は厚労省や各利益団体の遊具ではない。迷惑を被るのは患者であり、国民である。思い込みで好き放題言うのは、いい加減やめていただきたい。

筆者:森田 知宏