石田勇治東大教授が「ヒトラーとは何者だったのか」と題して日本記者クラブで講演し、30歳までは無名の青年だったヒトラーが「希代の独裁者」として人々に大きな惨禍をもたらすことになった要因を分析。ヒトラーの手口は今各国で政治の常套手段になっていると警告した。

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石田勇治東京大学大学院教授が「ヒトラーとは何者だったのか」と題して、このほど日本記者クラブで講演し、30歳までは無名の青年だったヒトラーが「希代の独裁者」として人々に大きな惨禍をもたらすことになった軌跡と要因を分析した。「ウソと謀略に満ちたヒトラーとナチ党の手口は、いまや世界各国で政治の常套手段になり、極右や強権的なリーダ−たちが大手を振るっている」と警告、「政治的社会的な関係の中でとらえる視点が必要であり、なぜ無数の虚像が生じたのかを考えるべきだ」と問題提起した。石田教授はドイツ政治史研究の第一人者で、「ヒトラーとナチ・ドイツ」など多くの著書や訳書がある。発言要旨は次の通り。

民主主義を蹂躙した希代の独裁者ヒトラーは30歳までは無名の普通の青年だった。なぜ短期間で独裁政権を樹立できたのか。ドイツをベルサイユ条約の軛(くびき)から解放した外交成果で大衆の熱狂を集めたが、悲惨な結末を招いた。ヒトラーは近代病理、大衆民主主義の陥穽(かんせい)など「20世紀の負の側面」を体現している。

当時の大統領緊急令とその濫用により、強大な権力がやすやすと独裁者1人の手に握られた。世界で最も民主的と言われた独ワイマール憲法下で「巨悪ヒトラー」が生まれ、肥大化したのか。第二次大戦後の世界がこの問題に正面から向き合い、克服しなかったことが背景になった。

ユダヤ人大虐殺の事実は棚上げされ、その巧みな演説と派手な演出法など「カリスマ性」ばかりに目が行く。ウソと謀略に満ちたヒトラーとナチ党の手口は、いまや世界各国で政治の常套手段になり、極右や強権的なリーダ−たちが大手を振るっている。格差とテロ、宗教対立、金融資本の跋扈(ばっこ)、経済危機、大量難民、極右台頭。世界に波乱をもたらす様々な不安がその「復権」を後押ししている。

ヒトラーに権力を集中した大統領緊急令や授権法(ともに1933年)の現代版が自民党憲法草案「緊急事態条項」や権力者への「全権委任」(授権法)ではないのか。ナチスはわずか1日の審議で仕上げている。圧倒的な数の力で短時日に法の成立を図る、我が国会の姿が重なる。麻生太郎財務相の「あの手口、真似たら」との発言(2013年7月)が想起される。

◆「平和愛好」「強いドイツ」を演出

党の宣伝組織(ゲッペルス)が国家の宣伝機関となってフル稼働、言論を弾圧し、「民衆政治家」「平和愛好家」ヒトラー像を演出した。失業の撲滅、アウトバーン(高速道路)建設、「一家に一台フォルクスワーゲン(国民車)」などのアピールも巧みだった。「民族共同体」を標語に、強いドイツを強調し、戦争態勢へ総動員した。

当初は乱暴な手法に批判的だった民衆も、非常時に多少の自由が阻害されるのはやむを得ないと考えるようになった。さらに、表立った異論を唱えなければ生きていけるし、ナチ党員になれば生きていくうえで楽だ、と思うようになっていった。

ヒトラーを内在的にとらえるだけでなく、移りゆく政治的社会的な関係の中でとらえる視点が必要である。その虚像と実像のギャップを認識し、なぜ無数の虚像が生じたのかを考えるべきだ。私たちは今も、かつてヒトラーとその取り巻き、支持者たちが創り上げたカリスマとしてのヒトラーの影響下にあるのではないか?(八牧浩行)