連載「ドキュメント 妻ががんになったら」が書籍化されました!『娘はまだ6歳、妻が乳がんになった』(プレジデント社刊)

写真拡大

■自分の不安より「家族の心配」をしてくれた妻

2015年6月、妻の左鎖骨下に埋め込んだ点滴ポートが故障しました。命にかかわることではないのですが、このポートは点滴による治療の苦痛を軽減するための役割を果たしています。すぐに取り替えたほうがいいのですが、手術にかかる費用は10万円。お金にまったく余裕のないわが家には大金でした。そのため、手術の日取りを決められないまま、虚しく月日が流れていったのです。

妻がパートに出ることで手術の費用の見通しはついたのですが、手術のために入院するにしても6人部屋でなければ健康保険対象外となり、差額ベッド代が発生します。そのため、6人部屋が空くその年の12月か翌年の1月に手術をすることになりました。「たった1泊なので、差額ベッド代のことは考えなくてもいい」と妻にはいったのですが、闘病とともにお金で苦労し続けた妻は、どうしても不用なお金が出ていくことに納得しませんでした。

手術をするにしても、私は「年内に手術を終え、新しい年を迎えたほうがいい。そのほうがいいスタートが切れる」と提案しましたが、妻は「12月は何かとバタバタするから、正月明けにする」といって譲りませんでした。

11月から私の仕事運が上がり、多忙な日々が12月も続くことを知っていたため、そのことを配慮しての判断だと思います。また、この時期は娘の学校や習い事で何かと忙しかったため、自分の手術で支障をきたしてはいけない、と思ったのでしょう。お金の心配さえなかったら、もっと早く手術ができ、こんな心配をさせなくてすんだのに、とつくづく申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

命にかかわることのない簡単な手術とはいえ、手術をすることになって不安を覚えない人はいません。そして何よりも、半年以上も点滴治療で不要な苦痛を強いられた妻のことを思うと、自分の甲斐性のなさを痛感せずにはいられませんでした。

■手術当日、病院への移動手段は満員電車

手術当日、都心にある病院には、朝9時には行かなければなりませんでした。その日は平日だったため、自宅から病院に向かうとなれば、満員電車に乗らなくてはなりません。わが家にお金があればタクシーを使うか、病院の近くのホテルに妻を泊まらせ、朝はゆったりとした時間を過ごしてから病院へと向かえばいいのですが、差額ベッド代を惜しむような台所事情です。妻に申し訳ないと思いながらも、入院に必要な物を詰めたキャスターを引いて、冬休みの娘も連れて自宅の最寄り駅へと歩いていきました。

少しでもラッシュアワーを避けるため、7時30分前に駅に到着しましたが、そんな私の考えを嘲笑うかのように電車は満員でした。日頃、自宅で仕事をしている私からすれば、乗ることはできないのではないか? と思われるほどの混みようで、朝9時に病院に来るようにいった主治医を恨んだくらいです。

少々疲れながらも、なんとか病院に着いたのですが、手術が行われたのは11時を過ぎてから。これではなんのために満員電車に揺られてきたのかわかりません。病院側に文句をいってやろうかと思いましたが、私に甲斐性があれば、満員電車に乗らなくてすんだのです。すべてはおまえが悪い、と自分に言い聞かせました。

手術が終わってからの要望を妻に聞いてみると、「おいしいお菓子が食べたい」といったため、コンビニでの調達でしたが、妻が好きな物をたくさん買って、手術が終わるのを待ちました。手術後、「手術さえ終わればこっちのもの」とわかるような、わからないようなことを妻はいい、子どものように目を輝かせ、これらの物を食べていました。その様子を見ていると、コンビニなんかで調達するんじゃなかった、と思い、なんだか妻が痛々しくも見えました。

■手術の付き添いは「家族全員」で行うべき

手術の日時が決まったとき、妻は付き添いを頑なに断りましたが、私は譲りませんでした。その日は娘も冬休みだったため、付き添わせました。それでも妻は手術の前日まで「付き添わなくてもいい」といっていましたが、余程なことがない限り、家族の手術に付き添わない家族なんて意味がない、とまで思いました。

妻が「付き添わなくてもいい」といったのは、手術の不安からくる複雑な気持ちもあったのかもしれません。それでも私と娘が付き添わなかったら、妻の不安はさらに大きくなっていたと思います。また、信頼関係が弱くなったかもしれません。本当のところはわかりませんが、家族だからこそ、手術だけでなく家族の大事には万難を排して付き添う必要があると考えています。

とはいうものの、病院で私が役に立ったことといえば、病院までの道のりで妻の荷物を持ったことと、必要な物を買いにいったくらいです。気の利いた言葉をかけることもできず、手術の時間がくるまで、なんともイヤな時間が流れるのを無為に妻と娘の3人で過ごしたにすぎません。相変わらずのダメ夫っぷりでしたが、それでも妻が病室で手術の時間がくるのをぽつんと1人で待っているよりは、ただ一緒にいるだけでも、付き添わないよりはずっといいと思いました。

(フリーランスライター 桃山透=文)