強制捜査を行い、押収物の段ボールなどを手に電通本社を出る厚労省の職員ら(読売新聞/アフロ)

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 勤務先の会社がもし、社員にサービス残業や休日出勤を強制し、残業代や休日出勤手当は払わず、遅刻や目標未達成の都度罰金を徴収するような環境だったら、あなたはどうするだろうか。さらに、お客には虚偽の説明をするよう命令し、上司からのパワハラやセクハラが日常的にあり、ときには暴力が振るわれるような環境だったら――。

 そして、労働基準監督署や監督省庁に告発したくても、経営者が「オレは昔、○○組(広域指定暴力団名)にいたことがあって、今もメンバーと付き合いがある」「(行政機関に)チクったりしたら、どうなるか、わかってるだろうな」などと日々吹聴するような環境ならどうするだろう。

 さらに、絶対に身元をバラしたくないという条件で、決死の思いで告発しても、「あなたから寄せられた情報は公益通報の要件を満たしていません」「あなたのお話は聞かせていただきましたが、一方的な判断にならないよう確認のために、上長に当たる方にもヒアリングさせていただきます」などと言われたら、絶望的な気持ちになってしまうのではないだろうか。

 以上は、何も極端なケースを挙げた仮の話ではない。現在の東京において、実際に起きている事態なのである。

●虚偽だらけの労働条件

 東京都のとある中堅企業・A社は、新卒採用を行っており、就活情報サイト上のA社の募集ページを読むと、いかにも働きやすい雰囲気のように感じられる。

 しかし、A社の内情は「あらゆるブラックな事象の巣窟」なのだ。

 まず、A社では人材募集の際に「勤務時間10:00〜19:30(実働8時間)」「特別休暇、GW休暇、誕生日休暇」などと謳っておきながら、従業員には9時始業を強制し、週休2日どころか休日も強制的に出勤させられることが常態化している。もちろん、休日出勤に対して代休や振替休日が与えられることもない。有休取得などもってのほか、という雰囲気なのである。

 また、就活サイト上では福利厚生の一環として「資格手当」「資格合格祝金」なども支給されると記載されているが、そのような各種手当はもちろんのこと、タイムカードが存在しないため残業代も支払われないような状況なのだ。

 これらはまだ序の口に過ぎず、A社にはほかにもブラックな事象が多数ある。

・社長や上司からの恫喝を含めたパワハラ、セクハラが横行している
・遅刻や指示違反に対して都度罰金が発生。インセンティブ(売上報奨金)からの天引きとなり、「積み立てて会社行事に使う」と説明されているが、実際は会社が着服している
・経営者が日常的に「自分は昔、暴力団の構成員だった」などと反社会的勢力とのつながりを吹聴している
・命令違反者に対して、強制的に丸刈りにしたり、経営者が暴行を加えたりするなどの制裁がある

 こうしたA社の行為は、法的にどのような問題があるのであろうか。弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士の山岸純氏は、次のように解説する。

「まず、『人材募集時の勤務条件に関する説明内容と実際の勤務条件との違い』についてですが、たとえば、自社のサイトなどで直接募集しているような場合、勤務条件に関する説明内容と実態が異なれば、職業安定法65条8号違反として、6月以下の懲役か30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。

 なお、ハローワークの募集内容が実態と異なるという苦情が1年間に1万件を超えていることを受けて、厚生労働省は今年の6月、自社のサイトだけでなく、ハローワークや求人サイトなどに虚偽の勤務条件などを載せた求人情報を掲載した場合にも罰則を設ける法改正を行うよう報告書を出しています。虚偽の求人情報は、今後も厳しく取り締まられることになりそうです。

 次に、『罰金』についてですが、労働基準法24条は、『賃金は、労働者に、直接、その全額を支払わなければならない』と記載しており、『罰金』と称して一部の賃金(給料)を払わないことは労働基準法24条に違反し、こちらのほうが『罰金』という刑罰の対象となります(労働基準法120条)。なお、従業員から天引きしたこれらの『罰金』を着服すれば、刑法上の業務上横領罪として10年以下の懲役刑が科される可能性があります。

 また、『暴力団の構成員だった』などと吹聴すれば脅迫罪(2年以下の懲役または30万円以下の罰金)が成立する可能性もありますし、『強制的に丸刈り』なら強要罪(3年以下の懲役)、『暴行を加えたり』すれば傷害罪(15年以下の懲役または50万円以下の罰金)か暴行罪(2年以下の懲役、30万円以下の罰金など)が成立する可能性があります」

「そんな会社、辞めればいいのに」とも思われるだろうが、営業成果に応じて報奨金が支払われるタイミングは年に数回であり、いざ辞めようとしても「報奨金を払わないぞ」と凄まれてしまう。また、社員の中にはこれまでの経歴やスキル面などの問題でなかなか就職できず、やっとの思いでA社に「拾ってもらった」と感じている者もおり、「他に行き所がない」状態であったりする。ブラック企業は、そのような社員の事情にうまくつけ込んでいるのである。

 なかには営業実績も挙げ、他に転職先の選択肢もある有能な社員もおり、問題意識をもって告発を考えたりもするが、最後は経営者の「反社会的勢力とのつながり」を思い出し、報復を恐れて泣き寝入り状態が続いているのだ。

●違法行為も

 さらなる問題は、同社の上記以外の違法行為だ。「宅地建物取引業法」や「利息制限法」、そして「刑法」に抵触するような行為が会社ぐるみで、もしくは経営者の指示によって平然と行われているのだ。具体的には次のような件である。

・顧客の不動産購入に当たって、無断で顧客の源泉徴収票を改竄し、実際の年収よりも高く見せるかたちでローン審査を通しやすくする、という書類偽造を会社が公然と指示している
・ローンを組ませる際も、本来は金融機関との提携が必要であるが、A社にまだ提携金融機関が存在しなかった頃は、提携金融機関を持っている別の不動産会社を通してローン契約をしていた
・顧客に虚偽説明を行い、何度も金銭をだまし取っている社員が存在し、A社も事実関係を認識しながら解雇せず、代わりに法定金利を上回った利率で賠償金を請求
・「物件を押さえるのに100万円の手付金が必要」などと虚偽の情報を顧客に説明し、顧客から預かった物件確保のための手付金を着服して遊興費に充てている社員がいる
・宅建資格保持者が法定数よりも不足している

「『顧客の不動産購入に当たって、無断で顧客の源泉徴収票を改竄』は、刑法上の私文書偽造等罪として3月以上5年以下の懲役刑が科される可能性があり、『顧客に虚偽説明を行い、何度も金銭をだまし取っている』なら詐欺罪(10年以下の懲役)、『顧客から預かった手付金』を着服すれば業務上横領罪が成立する可能性があります。

 また、『宅建資格保持者が法定数よりも不足している』のであれば、宅地建物取引業法31条の3に違反することになります(『事務所』の場合、従業員の内、5分の1以上の専任の宅地建物取引士が必要)」(山岸弁護士)

●労基署や東京都も万能ではない

 では、もしA社のような企業に就職してしまったら、どのように対処したらいいのだろうか。

 まず思い当たるのは「しかるべき行政機関に告発する」だろう。過重労働や残業代の未払いなど、明らかに労働基準法に違反しているので、何かしらの対処が期待できるかもしれない。

 実際、A社に勤めるBさんは、経営者による報復リスクを感じながらも、厚生労働省のHP上にある「労働基準関係情報メール窓口」から情報提供を行った。ちなみに同サイトページ上では、次のような説明がなされている。

「お寄せいただいた情報は、関係する労働基準監督署・都道府県労働局において、立入調査対象の選定に活用するなど、業務の参考とさせていただきます。なお、受け付けた情報に関する照会や相談についてはお答えしかねますので、あらかじめ御承知おきください」
「労働基準法などについてのお問い合わせや、具体的な事案について労働基準監督署の対応をお求めの場合は、最寄りの労働基準監督署(労働基準監督署をお探しの方はこちらへどうぞ)または平日夜間・土日に無料で御相談いただける「労働条件相談ほっとライン」(0120-811-610)に御連絡ください」

 しかし、Bさんは複数回にわたり同窓口から情報提供を行ったが、労基署からA社に対し対処がなされることはなかった。そこで、本来であればA社を管轄とする労働基準監督署に直接相談すべきところだが、A社ではタイムカードなど客観的に労働時間を記録するものがない。そしてBさん本人も日々働いた時間を記録していなかったため、仮に労基署に直接相談したとしても、「違法に残業したという証拠がない」から対処できない、という結論になってしまうのだ。A社側も、そのような展開になることを見越して、あえてタイムカードなどを導入していなかった可能性もある。

 Bさんはめげることなく、次に金融庁に対して「公益通報」を行った。これは、告発者が特定されることなく違法行為を監督省庁に告発できるものだが、こちらについてもあえなく門前払いとなってしまったのだ。理由は「公益通報者保護法第2条第1項に規定する公益通報の要件を満たしていない」というものだったが、当該項目を読んでみても一体何が要件だったのか結局わからないまま、再度連絡する余裕もなく時だけが過ぎていったのである。

 さらに、筆者はBさんの代理人として、宅地建物取引業法の監督・指導を担当する東京都不動産業課指導相談担当窓口を訪問し、A社の違法行為を訴えたところ、窓口担当者は次のように述べた。

「必要に応じて調査をします。確かに違法性が疑われる行為ですが、『違法行為を会社が指示した』という証拠がないといけません」

 違法行為については会社側もその認識があるためなのか、口頭のみの指示で、文書やメールなどの証拠が残っていない。唯一手元にあるのは、金融機関に提出した、顧客の改竄された源泉徴収票だけである。しかし、その証拠があると伝えても、さらなる壁が存在していたのだ。

「あなたの言い分だけでは一方的になってしまう可能性があるので、証拠を基に具体的な事情を経営者からもヒアリングしないといけません。違反が認定されれば、指導・処分対象となる可能性があります」(同)

 それでは、Bさんが告発者であるとA社にバレてしまい、逆恨みに遭ってしまうかもしれない。続けて担当者は、同情しながらもこう伝えた。

「告発者がBさんであることが、絶対にバレないとはお約束できないのです」

 こうした東京都の対応が適切といえるのか、当サイトが東京都都市整備局住宅政策推進部適正取引促進担当課に問い合わせたところ、「個別の事例については具体にどのような相談があったのかについてはご回答できないところです」とした上で、次のような回答を寄せた。

「不当労働行為については私どもで受理する権限がございません。労基署等にご相談いただく形になります。また、そのような相談があった場合には、敵宜対応可能な窓口をご案内しているところです」

「宅地建物取引業法違反の認定を行うためには、相談者の方からのみの言い分だけでなく、事業者の言い分も確認する必要があります。その過程の中で、案件によっては知り得る方が限られることなどから、誰からの相談であるかが発覚してしまう可能性は否めず、その旨は相談者にお伝えしているところです」

「違反が問えるかどうかは実際に(編注:証拠を)提出を頂いたうえでその内容を精査する必要があります。また、通報者一方のみの言い分だけではなく、業者へ事実確認を行い、違反の有無について認定する必要があります。そのため、当事者又は委任状を受けた代理人から、それら証拠となるものを提示のうえご相談頂ければ、内容に応じて調査を行い、違反が認定できれば指導・処分の対象となる可能性がございます」

 結局、労基署や自治体も確実な証拠がないと動けず、匿名での告発には限界があるということなのだ。確かに、具体的な物証を基に動くことは、行政の対応として万全を期するために必要であることは間違いない。しかし、A社のような悪質な会社は、「タイムカードを導入しない」「違法性のある業務命令は口頭で行う」など、あえてメールや文書といったかたちで証拠を残さずに悪事を行うものであり、告発を牽制するような言動・行動で従業員を洗脳するものだ。

 ブラック企業の確信犯的な悪事に対しては、行政機関も親身になってくれはするが、残念ながら対応できる範囲には限度がある。しかし、被害者が泣き寝入りを強いられている状況が看過されてよいのだろうか。このような行政機関の現実について、前出・山岸弁護士は次のように明かす。

「ブラック企業の被害に遭っても、東京都や労働基準局はなかなか動いてくれないのが実情です。なぜなら、とても残念なことですが、こういった東京都や労働基準局の窓口には、毎年とてつもない件数の相談が寄せられているのですが、そのうちの多くが『会社が私を監視している』『悪口が聞こえる』『わざと仕事を外された』といった相談であり、窓口としても、しっかりとした訴えなのかどうかを判断するために、客観的な資料や証拠を求めざるを得ないのが実情なのです。

 この点、ブラック企業の多くが証拠を残さずに悪事を行っているようですが、『証拠』というものは、たとえば、『不倫の証拠』であれば、『男女が抱き合っている写真』といった直接的な証拠に限る必要はありません。我々、弁護士の世界では、メールのやりとり、高価なプレゼントの領収書、予定と異なる行動(出張のはずが別のところにいた等)、それまで見たことないアクセサリーや小物の存在など、さまざまな事情・状況を証拠化することができます。やはり、被害の回復や権利の主張をするには、プロである弁護士に相談するのがベストであると思います」

●極限状況における有効な対処法とは

 筆者はブラック企業問題の専門家として、このような何も頼りにならない状況における有効な対処法を研究してきた。本件についてはそれを実践することにより、継続的に進捗状況を追ってリポートしていければと考えている。

 まずは、メディアを活用するという方法がある。「以前被害者から告発があった件、対処はどうなりましたか?」とメディアから行政機関に取材をかけるというものだ。もちろん個別事情について詳しくは教えてくれないが、Bさんによれば、当サイトが12月にA社について厚労省に取材を行った後、A社に労基署の臨検が入ったという。

 もうひとつの手段は、「政治家に動いてもらう」というものだ。被害者が在住している、もしくは問題企業が本社を置いている市区町村の議員に実態を知ってもらい、なんらかのアクションを起こしてもらうというやり方がある。

 悪意を持った企業をのさばらせ、従業員や顧客の被害をこれ以上広げるわけにはいかない。引き続き皆さまに有益な情報を提供すべく、尽力していく所存である。
(文=新田龍/働き方改革総合研究所株式会社代表取締役、ブラック企業アナリスト、協力=山岸純/弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士)