“どこでもドア”とタイムマシンを、すでに実現!?

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2016年のナンバー1の技術なのでは?

そう感じるほどインパクトの大きかった、『CEATEC AWARD 2016』審査委員特別賞受賞の“高性能ハプティック義手”。

同義手に関する技術についてお話をお伺いするインタビュー後編では、人間社会を大きく変える革新的な技術の可能性や、その先にある未来について、慶應義塾大学野崎研究室の野崎貴裕助教の想いも含めてお伝えする。

アベノミクスの成功に不可欠な最新技術とは?

――高性能ハプティック義手は、あくまでも野崎先生たちの触覚に関する“力触覚技術” を具現化した一例であって、基礎技術の応用範囲はかなり広そうですね。

現在お話しできる範囲では、産業ロボットや、産業系以外のロボット、さらに自動車、建設機械、農業、測定機器、医療介護、健康機器、航空宇宙分野の開発も行っています。

――市場規模もかなり大きいのではないですか?

人間が作業している分野すべてが対象になりますので、市場規模は50兆円程度だといわれています。

アベノミクスで「ロボット新戦略」や「ロボットによる産業革命」が叫ばれていましたが、私たちの触覚関連技術がなければ、その実現は絶対にありえません。ですから、一刻も早く、さまざまな分野にこの技術を普及させていくことが私たちの使命だと考えています。

誰もなし得なかった、新しい「IoA」

――IoTをさらに進化させそうですね。

私たちは、次世代のIoTとして「いつでも、どこでも、好きなときに、好きな動作を使う」という技術を「IoA(Internet of Actions)」と称して、新たに提唱しています。

――現在想定されている具体的な使用方法を教えてください。

たとえば、医療・介護分野でいえば、遠くに離れて暮らしている家族が自宅で倒れたときに、遠隔操作で起き上がらせたり、AEDを装着したりもできます。

「倒れた」という情報は視覚や聴覚でセンシングできますが、それだけでは、私たちは直接的なアクショを何も起こせません。触覚の場合はアクションができるので、すぐ能動的に働きかけることが可能になります。

――介護にも大きく貢献しそうですね。

少子高齢化社会が進んで被介護者の方がさらに増えて、ただでさえ少ない若年労働層が高齢者介護に従事するようになれば、産業分野で“生産”ができる人数が減ってしまいます。それは、国全体の衰退を意味するでしょう。

そこで、私たちの技術を使って介護の部分をロボットに置き換える、もしくは生産で人間がやらなくてもいい部分をロボットに置き換えられればと考えています。

――リハビリにも有効だとお聞きしました。

麻痺患者の方などのリハビリは、基本的にマンツーマンで行うため、短時間で金銭的負担が大きいのが現状です。

しかし、私たちの技術を使うと、自分自身で身体の麻痺している部分をリハビリしたり、プロの理学療法士が行ったリハビリのデータを記録しておけば自宅でセルフリハビリができたりもします。

安価で長時間のリハビリができるようになれば、回復も早まりますし、自分の動作データを病院とやり取りすれば治癒具合などのモニタリングもできます。

電気自動車から農業まで、幅広い応用を

――CEATECでのデモンストレーションにもありましたが、電気自動車にも応用されるのですね。

はい。たとえば、車輪のモーター部分にハプティクスモジュール『ABC-CORE』を入れて力触覚を持たせ、ハンドルと個々の車輪を連動させれば、路面状況が即座にわかって安全性が上がります。

ハプティクス義手の場合は3本の指の協調で作業を行っていましたが、自動車の場合は4本の車輪を協調させてさまざまな状況に対応します。「各車輪を別々に操作してスリップを防ぐ」ということも可能です。

――農業への応用とは?

農家の方の高齢化が進み、元気なうちに自分のノウハウを後継者に伝えたいという声が少なくありません。私たちの技術を使えば、ノウハウをデータとして記録することができ、害虫駆除や雑草対策、さらに形も大きさもバラバラな果物などの収穫といった繊細な作業も可能です。

――匠の技も、簡単に伝承することができますね。

従来はお手本を見せながら「こうやってみて」と抽象的に伝えていたものも、記録データを見本にして後継者が体感的・具体的に習得できますし、データを使ってロボットが自動作業をすることもできます。

大好きだった、ドラえもんの世界に近づいた

――分野を問わず、広範な産業の進化に貢献しそうですね。

この技術は、産業以外にも、一般家庭の調理や掃除、洗濯などの家事にも使えます。

ですから、たとえばスマホユーザーがスマホ内のプログラムを意識しなくても写真や動画を撮って記録できるのと同じように、一般の方々が無意識にロボットを使えるようにできる汎用性のある技術だと思っています。

――あらゆる分野で、ロボットを使った遠隔作業を可能にさせる、と。

そうです。そういう意味では、ドラえもんの“どこでもドア”と一緒で、場所を越えることができる技術なんです。

――なるほど。日本に居ながら、イタリア・ローマにある彫刻“真実の口”に手を入れて、「嘘をついていないか」をリアルタイムに試すということもできるわけですね。

技術的には、そういうことも可能です。視覚や聴覚は既存の技術で表現できるので、そこに触感が加われば、もはや「その場にいる」のと同じ感覚を味わえます。そういった点で、どこでもドアになり得る技術だと思います。

――空間を越えられるなんて、夢のある技術です。

さらに、リアルタイムでの作業はもちろん、時間がずれても同一の作業ができますから、ある意味、“タイムマシン”的な技術でもあります。

――それは、ますます夢がありますね。どこでもドアやタイムマシンの話が出てきましたが、野崎先生は小さいときからロボットやSFが好きでしたか?

はい、ロボットが好きで、特にドラえもんが大好きでした。

東日本大震災で感じた歯痒さをバネに

――現在、小さな頃からの夢を実現されているわけですが、そもそも義手やジェネラル・パーパス・アームに携わるようになったきっかけは?

もともと制御技術に興味があって、最先端のハプティクスを研究開発していた大西研究室のある慶応義塾大学に入学しました。ハプティクスの一環として、手をつくってみたいという気持ちは以前からありましたが、2011年が大きな転機になりました。

――東日本大震災ですか?

そうです。当時の私は、「研究者の道に進むか、就職するか」で迷っていました。そんなときに、あの震災が起きまして。私たちの力触覚伝送の技術はすでに完成していて、遠隔操作でバルブの開閉などを簡単かつ安全に行えたのですが、当時はまだ要素技術の段階でした。

原発のニュースなどを見ながら、「目の前に解決できる技術があるのに、どうして投入できないんだ」と、とても歯痒い思いをしたことをいまでもよく覚えています。

そこで、「この技術を、腕などのように“実用に近い形”にしなければ、世の中の役に立てない」と感じて、博士課程に進む決意をしました。あの震災がなければ、私は就職していたかもしれません。

――そのような大災害時にも役立つ技術なんですね。

今後、もし大きな災害や事故が起きた際には、きちんと世の中の役に立てるようにしたいと考えています。

義手を超える“人工の手”で、幸せをつくり出す

――先生にとって、究極のリアルハプティクス義手とは何ですか?

私は、単なる義手という範疇を超える、“人工の手”だと考えています。

人間の手では実現不可能なダイナミックな動きや繊細な動きなど、人間を超えた作業ができるものを目指したいですね。そして義手をファーストステップとして、人工身体をつくっていって、実際に物理的作業ができるヒューマノイドを最終的につくりたいと思います。

――今後、ロボットと人間の関係を、どのようなものにしていきたいですか?

実際に世の中の役に立つ形にまで発展させて、人々の幸せやクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の向上に結実させたいと考えていますし、それが使命であると感じています。

今後、少子高齢化の進行により、自分では思うように身体を動かせない方の数が増えてくる可能性があります。また、事故や疾患などにより、四肢を欠損したり、体に麻痺が残ってしまったりする方も多くいらっしゃいます。

ロボットを有効利用することで、そのような方々が自分自身に残存する身体感覚や身体機能を活用し、充実した生活を過ごせるような、そんな社会にしたいと考えています。

「自分にはもうできない」ではなく、「自分で何かができる」と感じることは、ひとの生活や人生にとって非常に重要だと思います。だからこそ、活用されていない身体機能がきちんと活用され、その方々のクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)が向上して、幸せになれるお手伝いができればと思います。

2017年のCEATECでは、さらなるインパクトを

――そういった社会をつくるためにも、先生の研究開発は今後も終わりなく続くわけですね。

学問の世界での研究は最先端を目指すが故に、理論面での新規性が重要視され、すぐには人々の幸せに結びつかない場合が往々にしてあります。一方で、現場は非常に保守的であり、新たな技術がなかなか導入されない閉鎖的な状況にあります。

しかし、本技術は人類にとって必要不可欠なもので、その利活用によって、必ずひとを幸せにすることができると確信しています。

ですから私は、学問の世界と、実際の医療・福祉などの現場、その両方にある壁を破れないかと、学理を超えた挑戦をしている最中です。

――学問と産業の常識を打ち破るためにも、出展3年目となる2017年のCEATECは、野崎先生たちの技術の真価が問われ、触感の技術の未来を占う重要なターニングポイントになりそうですね。

この技術の基礎を築いた大西先生をはじめ、歴代の先輩方や関係者の方のためにも、いままで以上に大きな成果を発信して、実際の製品もいくつか出展する予定です。ぜひ、楽しみにしていてください。

IoTの先を行くIoA 「ハプティクス義手」の衝撃 【前編】

野崎貴裕●慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科助教。工学博士。1986年、東京都生まれ。2010年、慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科卒業。ハプティクス研究の第一人者である大西公平教授の研究室で学び、14年に慶應義塾大学博士課程修了。横浜国立大学大学院工学研究院研究教員を経て、15年4月より現職。人間動作の再現とアクチュエータの小型高効率化に取り組んできた経験を活かし、身体感覚の人工補完に関する研究に着手。『CEATEC AWARD 2016』審査員特別賞など数々の賞を受賞。