斉藤 徹(さいとう・とおる)  株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 1961年、川崎生まれ。駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、1985年、日本IBM株式会社入社。29歳で日本IBMを退職。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業し、ベンチャーの世界に飛び込む。ダイヤルQ2ブームに乗り、瞬く間に月商1億円を突破したが、バブルとアダルト系事業に支えられた一時的な成功にすぎなかった。絶え間なく押し寄せる難局、地をはうような起業のリアリティをくぐり抜けた先には、ドットコムバブルの大波があった。国内外の投資家からテクノロジーベンチャーとして注目を集めたフレックスファームは、未上場ながらも時価総額100億円のベンチャーに。だが、バブル崩壊を機に銀行の貸しはがしに遭い、またも奈落の底へ突き落とされる。40歳にして創業した会社を追われ、3億円の借金を背負う。銀行に訴えられ、自宅まで競売にかけられるが、諦めずに粘り強く闘い続けて、再び復活を遂げる。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書は『BE ソーシャル 社員と顧客に愛される 5つのシフト』『ソーシャルシフト─ これからの企業にとって一番大切なこと』(ともに日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数

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波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語「再起動 リブート」。著者の斉藤徹氏に本書についてインタビューした。バブルに踊らされ、金融危機に翻弄され、資金繰り地獄を生き抜き、会社分割、事業譲渡、企業買収、追放、度重なる裁判、差し押さえ、自宅競売の危機を乗り越え、たどりついた境地とは何だったのか。今回は、インタビューの後編です。
(構成:田中幸宏 撮影・石郷友仁)

マイクロ起業で自分が本当にやりたいことを見つける

──本の中で印象的だったのが、斉藤さんが最初の会社フレックスファームを追放されて職を失ったときに、奥さんから「どこかに勤めるの?」と聞かれて驚いたというエピソードです。起業家という生き方が骨の髄まで染み込んで、どこかに就職するという発想さえなかったとあります。

 起業家の悪いところですね(笑)。刺激を求めるというか、一度味わったら忘れられないものがあります。

──人から命令されるのは嫌だとか。

 それもあります。新卒で入社した日本IBMのときはまだペーペーでしたし、その後、創業社長としてずっとやってきたので、中間管理職の経験がありません。経験がないので、そういうところで働いている自分の姿を想像できないんですね。

──起業を人にすすめるとしたら?

 今、僕は学習院大学で学生相手に「起業論」を教えています。そこで必ず言っているのは、起業は危険だよ、ということです。会社が守ってくれるわけではないからです。今回の本も学生に配布して読んでもらおうと思っています。

 まずは組織に入って、組織とは、仕事とはどういうものか、基礎的なことを学んだうえで、それでもやりたいという人には、マイクロ起業をすすめています。昔と違って今はインターネットやスマホを活用した事業をローコストで始められるので、副業のようなカタチで自分の本当にやりたいことを見つけたらいいと思います。いろいろ試してもらって、本気でそれをやりたいというものが見つかったら、しかもコップに貯めた水が縁からチョロチョロあふれ出るくらいのレベルになったら、真剣に起業を考えたらいいと言っています。

──米国の起業家が現在の会社を立ち上げた年齢の中央値は40歳という研究もあります。起業にも経験が必要だと。

 そうですよね。いきなりベンチャーを立ち上げて、小さな組織の経験しかないと、組織が何のためにあるのか、どういうふうにすればうまく回るのか、わからないと思います。組織の中で実際に働いてみて、いろいろな人たちの楽しみや悲哀も感じたうえで、自分の会社をつくったほうがいいんじゃないかと思います。

 起業すると、時間の密度が濃くなるのは間違いありません。なんとなく過ごす時間がすごく減る。仕事のこと、社員のこと、お金のことを常に考えざるを得ない状況に追い込まれます。いろんな意味で不安定だし、世の中の中小企業の社長で、資金繰りに困ったことのない人はそんなにいないはず。安定の中でぼ〜っとしてはいられない。良きにつけ悪しきにつけ、時間の密度が濃いんだと思います。

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