前回、このコラムとしては珍しく、お灸やツボの話を記しました。

 もちろん私はツボや東洋医学について全く素人ですが、患者としては長くこうしたものの厄介になっています。

 そこで、これらを考えるとき、実はしばしば経営の話題を連想するのです。突飛に聞こえるかもしれませんが、野中郁次郎さんの仕事を常に想起してしまうのです。

 ポイントは「暗黙知」。

 元をたどればハンガリーの経済学者カール・ポランニーによる概念ですが、これを東洋的な観点で捉え直したのは、野中さんの貢献が大きいと思います。

 文字や言語で明示化しやすい「顕在知」と対照するとき、21世紀の「暗黙知」は「非言語的、ニューラルに構成されたネットワーク知」と言うことができるように思うのです。

 AIの話題で「人間の仕事がなくなる」系の脅しに対して「絶対にそんなことはない」と安心していられるのは、デジタル記号ベースで量子化された電子計算機システムの粗略さで、生体の精妙なニューロネットワークシステムを代替することなど、原理的にできるわけがないと知れているからです。

 しかし、アナログなセンサーを含む系となると、やや話が変わってきます。

 人間よりはるかに細かなものが判別できる機器、人間よりはるかに短い時間が判別できるシステム。こういったものが、ほかならぬ人間自身もシステムの中に組み込んだ形で作動する「マン+マシン」の総体が、最も多くの可能性を秘めていると思うのです。

欧州の移民対策

 11月末、ドイツのミュンヘンでミーレの首脳と意見を交換する機会がありました。ミーレ(Miele)はドイツの白物家電大手メーカーです。ミュンヘンの街中を歩いているとミーレの洗濯機と乾燥機だけが並んだコインランドリーをよく見かけます。

 質実剛健を旨とする、ドイツを代表する家電メーカの1つと言っていいでしょう。そんなミーレの生産ラインは、20世紀からの機械化に加え、2011年以降はインダストリー4.0の追い風を受け「スマート工場化」が急速に進んでいるそうです。

 ラインを進んで行く何千もの部品や製品の中から、例えばセンサーが見つけ出すのが得意な不具合は数多い。

 「それでも・・・」とドイツ連邦工学アカデミーの会合でミーレ首脳は留保します。

 「生産ラインから完全に人間がいなくなることは考えられません。なぜなら、私たちは予想される不具合を効率よく見つけていきますが、現場では必ず想像を超える不具合が発生し続けるから・・・」

 ここ数年、例えば日本国内では、ポピュラーなカップめん製品の中からゴキブリが見つかったりする事故が相次ぎました。

 麺が油で揚げられるなどして固まる前に混入したのでしょう。麺の表面の形の中に組み込まれたゴキブリの写真などをネットで見た記憶があります。

 例えば、こういうミスを見つけるセンサーをラインは具備していないし、またそんなものを開発したり実装したりしても採算が合うわけがない。

 また何より、商品は最終的に顧客という人間が見て、良いとか悪いとか判断するわけで、熟練工である必要はなくとも、道理の分かった普通の人間の目で見ておかしな品物を出荷するわけにはいかない。

 ミーレとの議論で、むしろ納得したのは、ドイツのメーカーが持つ自社ブランドへの誇り、いや、ブランドというものそのもののアセット性、価値です。

 ここ数年、BMWやフォルクスワーゲンなど、ドイツの誇りと言っていい自動車産業で相次いで不祥事が明らかになりました。

 それらは、結果的に直接の損害も生み出したけれど、ブランドというアセットに傷をつけることは、例えば株価など資産経済的にも露骨なマイナスがあるし、中長期的に見ても「最初の顧客より前に社内で製品をきちんと見届ける人間の目」は、欠かすことができない。

 そういう議論から出てきたのが「アシスタントシステム」という考え方でした。

アシスタントシステムとCSR:雇用の確保

 ドイツ連邦工学会でAI、IoTといった言葉よりはるかに力をもって語られたのが「アシスタントシステム」でした。スマートファクトリーの次世代クオリティを生み出すカギという含意があります。

 耳慣れた言葉の組み合わせでしかない「アシスタントシステム」は、ライン上に割り当てられた作業員各々の工程を「アシスト」する、センサー満載のプロダクションシステム、端的に言えば産業ロボットです。

 しかし、言葉がはっきり示すように、このロボットは「無人化」を志向していない。どこまで作業が自動化されても、ある工程について最終的に、

 「よし!次」

 と判断を下すのは人間で、その担当者の「アシスタント」としてロボットが縦横の活躍をするというわけです。

 このように考える方が、実は既存の生産ラインに、様々な意味でスマートシステムを組み込んでいきやすいというわけですね。

 現状で人間が担当している作業の、この部分をロボットが担当する。システム導入に際して雇用を大きく動かさずにすむのも、滑らかなスマート化を進めるうえで、組織イノベーションないし組合対策などでもきわめて有効だという話には、大きく首肯させられました。

 ある機能をラインに付加するとともに、同時にほかの機能も織り込んでいく。人間のワークロードは質的にも、また拘束時間的にも、少しずつ軽減されることになるけれど、その時点で「最後に人間が見なければならない部分」は残り続ける。

 雇用の確保を含め、企業の社会的責任、CSRの一翼をも担う「アシスタントシステム」という性格づけが重視される、もう1つのポイントとしてドイツ連邦工学会は「自動運転」を視野に入れていたのです。

アシスタントシステムと段階的自動運転化

 自動運転の話題が取り上げられるようになってすでに久しく、株価など含めむしろ資本経済に大きな影響を与えているようにも思いますが、現実の交通や物流の自動化には様々な障壁、と言うより克服すべき社会イノベーション課題が山積みです。

 このような中で、現在運転されている車に混ざって、部分的に自動運転的なモジュールを付加していく「運転アシスタントシステム」として、どのようなものが可能か、また有効か。

 あくまで運転の主体はドライバー、人間であって、モジュールはあくまでそのサポートでしかない。

 よくよく振り返ってみれば、ここ50年来の自動車のイノベーションは、この「アシスタントシステム化」の進展であってと言える側面がある。目から鱗が落ちました。

 例えば、パワーステアリングがそうでしょう。以前は人間がすべて判断してハンドルワークを力技でやっていた。それがアシスタントされた。

 オートマチック・ギアは完璧な「アシスタントシステム」と言ってよい。煩瑣なギアとクラッチ操作が油圧を軸とするメカニズムで自動化され、今日の乗用車は女性や高齢者を含め、多くのユーザーにフレンドリーなものになった。

 ハンドル、スタートのスイッチ、アクセル、ブレーキ、ギア・・・といった、現在の自動車が持つマン・マシンシステムの大半は、向こう20〜30年、ほとんど変わることはないでしょう。しかし、多様なセンサー搭載とスマート化で、運転する人間のワークロードは確実に減っていく。

 例えばカーナビ以前とカーナビ以降、自動車の運転という操作は本質的に変化した側面があります。そういうスマート化を「アシスタントシステム」という観点から強化、新製品をあくなく繰り出すイノベーション課題をこそ検討すべきである・・・。

 インダストリー4.0の現在進行形を様々に印象づけられました。

 同時に議論になったのが、日本で最近相次ぐ「高齢運転者の誤運転動作による事故」という現状です。

 少子高齢化はグローバルに確実に進んでいく。一方で、フル・フラットバックで寝転ぶことができ 若年層が車内で子作りに励める車(?)なども登場しているようです。

 高齢ドライバーや長距離運転トラック運転士の過労運転など、ドライバーの異常を検知し、それを「アシスト」して事故を未然に防ぐようなイノベーションは、日独共通の課題になるはずだ、といった議論を交わしました。

 が、ここで冒頭の「ツボ」の問題と似たところに戻って来るんですね。運転技術というのも、実はきわめて高度な「暗黙知」の塊にほかなりません。アナログなネットワーク知ですが、センサーを使って情報化することはいろいろな形で可能でしょう。

 例えば運転者の心拍や体温、あるいはその他のバイタルな生理情報がセンサーによってシステムに取り込まれ、「感じながら走る車」スマートカーが高齢ドライバーに優しい運転をするとします。

 そこで、そのデータは、もしかすると、ナビゲーション情報通信と同様に何らかの車外システムに送られ、ビッグデータ化される可能性もあり得る。

 そういう情報のプライバシーはどうなるのか。欧州らしく「消す権利はどうなる」といった議論もありましたが、それ以上にまず、技術レベルでも可能な情報セキュリティが、現状ではほぼない。ダダ漏れであることが問題です。

 端的に言って、VIPが運転するスマート車が走行するとき、運転者の生理情報を周囲に撒き散らしながら走れるか、といったことを考えると、多くの克服すべき課題が浮かび上がってくるわけです。

 IoT全般にセキュリティの甘さは指摘されるとおりですが、特にセンサーが見守る対象が人間である場合、例えば病室の入院患者見守りシステムなど、スマートテクノロジーの有望株でもありますが、バイタルの生理情報は本来高度に守秘すべきプライバシーで、社会への定着にはいまだ時間がかかると思われます。

 少なくとも全身数箇所の「ツボ」からのデータをセンサーが勝手に飛ばし、自分の知らないうちに保険会社のビッグデータ・ストレージに格納、全く知らないうちにAIで解析されて・・・なんていう世の中は御免被りたい。

 技術的には、全く難のない話です。問題はそれを許容するか、しないかという話にほかなりません。

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筆者:伊東 乾