「Thinkstock」より

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「酔い止め薬を飲み続けると、身長が伸びる」

 こんな話がインターネット上で広まっていることをご存じだろうか。掲示板サイトなどには、実際に酔い止め薬を数カ月間飲み続け、「身長が数センチ伸びた」という報告が複数上がっている。

 その真偽はともかく、このような本来の目的とは異なる薬の服用には問題があるのも事実だ。専門家も、「市販薬の間違った飲み方によって、思わぬ副作用で苦しむ危険性がある」と指摘している。

●「薬で背が伸びた」はただの思い込み?

「一般用医薬品(市販薬)の酔い止め薬で背が伸びるという噂には、一応根拠があります」。そう語るのは、『その薬があなたを殺す! 薬剤師が教える“知らないと毒になる”薬の話』(SBクリエイティブ)の著書を持つ薬剤師の小谷寿美子氏だ。

「2013年に名古屋大学大学院が行った研究では、『メクロジン』という成分を投与することによりマウスの骨が伸びた、という結果が発表されました。メクロジンとは、乗り物酔いに伴う吐き気やめまいなどの症状に効果がある成分で、市販の酔い止め薬に配合されています」(小谷氏)

 この研究によると、メクロジンは『成長軟骨』という部分の異常により、低身長や四肢が短くなるなどの症状が引き起こされる『軟骨無形成症』の治療に対して有効な成分として期待されているという。ただし、現段階では臨床実験の結果は得られておらず、人体に用いた場合の効果や有効な投与量などはまだわかっていない。

「そのため、ネットに上がっているような『身長が伸びた』という体験談は、『これを飲めば背が伸びる』という思い込みからくるプラセボ(偽薬)効果の可能性が否めません」(同)

 問題は、こうした間違った服用法がただの勘違いでは済まずに人体に危険を及ぼす可能性があることだ。小谷氏は、薬とは切っても切れない副作用の問題について、こう指摘する。

「一部の市販の酔い止め薬には『スコポラミン』という成分も配合されていますが、このスコポラミンには、排尿困難や散瞳(光を強く感じてしまう症状)などの副作用があります。つまり、身長を伸ばそうとして酔い止め薬を多量に摂取すると、思わぬ影響を受けてしまうといった事態も考えられるのです」(同)

●咳止め薬をドラッグ代わりにして依存症に

 本来の目的とは異なる市販薬の服用法は、これまで何度も問題になってきた。たとえば、1980年代に社会問題となり、現在も一部で行われているのが、咳止め薬をドラッグ代わりに飲むというものだ。

「市販の咳止め薬のなかには、麻薬性中枢性鎮咳成分の『コデイン』が配合されているものがあります。コデインの一部は肝臓でモルヒネに変換されるため、大量に摂取することで、幻覚や妄想などの副作用が表れます。しかし、当然のことながら、そのような目的で飲むのは非常に危険。大量のコデインを代謝するため腎臓に重い負担をかけてしまうほか、長期の服用によって精神的・身体的な薬物依存が起こります。コデインが切れた依存者は、抑うつ状態や下痢などの著しい離脱症状に苦しむことになります」(同)

●「下剤ダイエット」で大腸が壊死した例も

 一方、女性によく見られるのが、便秘薬、いわゆる下剤をダイエットに用いる「下剤ダイエット」を行うケースだ。

「下剤ダイエットは、『食べたものを吸収せずに体外へ排出してしまえば、食べたことにならない』という安直な考えによるものでしょう。もちろん、これも危険な飲み方です。下剤を乱用することで腸が刺激に慣れてしまうと、腸は本来の柔軟な動きを失ってしまいます。その結果、自然排便が困難になり、下剤に頼らないと排便できない体になってしまうのです。こうなると、もはや医師の治療が必要な状態といえます」(同)

 便秘薬は成分や効用によっていくつか種類があるが、そのうちのひとつに、腹痛が起こりにくく、子どもやお年寄りが服用しても安全とされる酸化マグネシウム性の便秘薬がある。しかし、それも飲み方を間違えば大きなリスクを伴うという。

「体に優しい便秘薬として、最近CMなどで話題になっている酸化マグネシウム系の薬ですが、これも摂り過ぎると高マグネシウム血症を起こしてしまうことがあります。実際、酸化マグネシウム系便秘薬を大量に服用した30代の女性がショック症状を起こして、呼吸停止や低体温になり病院に搬送され、ショックが持続して大腸が壊死してしまったケースも報告されています」(同)

 そもそも、薬が実用化されるには、まず動物実験が行われ、次に人間の体を使った臨床試験というプロセスを経る。そこで成分の有効性や安全性を確認し、厚生労働省の厳しい審査をクリアした薬だけが市販薬として店頭に並ぶことができるのだ。

 薬の用法や用量は、この成分の有効性と安全性を両立させるため、慎重に設定されたものだ。それを無視して間違った飲み方をすれば、副作用のリスクが高くなるのも当たり前である。

●発毛剤の大量使用で心不全に?

「2000年代はじめには、発毛剤の使用者が急性心不全などの心疾患で死亡したケースが過去に3件あったと発表されました」と話すのは、医療ジャーナリストのA氏だ。

 その発毛剤に含まれる『ミノキシジル』という成分は、もともと高血圧治療の血管拡張薬として使われていたもので、のちに発毛剤に転用された経緯があるという。上記の3件の事例では、このミノキシジルの副作用の疑いがあると報じられている。

「厚労省は、『薬と事故の因果関係は不明』と結論づけましたが、育毛を望むあまり過剰に摂取した疑いが強いです。実際に、これ以降、その発毛剤は購入時の注意喚起が強化され、09年に施行された改正薬事法では、第1類医薬品に指定されました。販売元の企業のホームページには、騒動の経緯をまとめた文章が掲載されており、現在も閲覧できます」(A氏)

「第1類医薬品」とは、「政府広報オンライン」によれば、「副作用などにより、日常生活に支障をきたす程度の健康障害を生じるおそれがあり、特に注意が必要なもの」と定義されたものだ。

●重篤な副作用の場合は医療費の補償制度も

 医師の処方せんがいらない市販薬は、手軽に購入できる一方、間違った飲み方をすれば毒にもなり得る。副作用で苦しまないためには、まずはその薬について知ることが大切だ。

「市販薬の間違った飲み方は危険」と警鐘を鳴らす小谷氏は、「薬の正しい用法・用量や副作用など、重要な情報は付属の説明書に記載されています。薬を飲む際には、説明書をよく読み、最後まで捨てずに取っておくべき」と語る。

「説明書には、万が一の際に相談できる『医薬品副作用被害救済制度』の連絡先が記載されています。これは、薬による重篤な副作用が認められたときに、医療費などの補償をしてくれる公的な制度です。しかし、補償の対象となるのは薬の『適切な使用』をした場合のみです。用法・用量を守っていなければ対象外になってしまいます」(小谷氏)

 また、市販薬について不安な点があれば、購入時に薬剤師や登録販売者に質問する方法もある。ほかの薬との飲み合わせや既往歴など、自己判断が難しい内容の相談にも乗ってくれるという。

「お客様からの相談に、薬剤師は専門家としてしっかり答えます。店頭で気軽に聞いてみてください。もし、親身になってくれないような場合は、薬剤師失格でしょう」(同)

 とはいえ、薬の服用は最終的には自己責任。自分の健康をいたずらに危険にさらさないためにも、正しい知識と良識を持った使用を心がけたいものだ。
(文=森江利子/清談社)