12月18日(日)放送の最終回では真田幸村(堺雅人)の最後の戦いが描かれる/(C)NHK

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堺雅人主演の大河ドラマ「真田丸」(NHK総合ほか)が12月18日(日)に最終回を迎えるのに先駆け、堺雅人がインタビューに応じた。'15年9月のクランクインから約1年2カ月という長い期間の撮影を終えた心境、最後の戦いに臨む幸村に影響を与えたもの、そして最終回撮影中の堺自身の心の動きまで、余すことなく語ってくれた。

【写真を見る】初登場の信繁(幸村)は敵軍の偵察のため“頬かむり”姿(第1回)/(C)NHK

――まずは、撮影を終えた心境を教えてください。

長い旅行から帰ってきた、という気分に一番近いかもしれません。もちろん、旅が終わるのは寂しいですが、無事に帰れたという喜びや、家族の顔を見たような安堵を感じます。荷ほどきもしないまま近くにラーメンを食べに行くような、ゆっくりした普通の生活をしようと思っています。

――撮影は長かったですか?

長いは長いですね。1年2カ月にわたる撮影も初めてですし、旅にたとえましたがそれだけ長い期間、旅行した経験もなかったですし…だってそれ、ほとんど失踪ですよね(笑)。得難い経験をさせていただいたと思います。

――最後の台本が届いたときの感想を教えてください。

実はそれほど感傷的にはならなかったですね。ここまで演じてきて、来るべきところに来たという感じです。ただ、とても一人ではたどり着けないような場所だったので、無事に終えることが出来て良かったです。

――大坂城に戻ってからの幸村は牢人衆のリーダーとして、これまでとは違ったポジションに立ちました。演じ分けを意識したことはありましたか?

自分自身も、後半からは自分が物語を引っ張っていくつもりでしたが、実際は、幸村は心の中のさまざまな人の声に突き動かされていたんです。それは父・昌幸(草刈正雄)であり、三成(山本耕史)であり、秀吉(小日向文世)であり、茶々(竹内結子)であり…。だから、自分で「こうしなければ…」というのは、実はさほどありませんでした。

これまでは目の前の人に引っ張られるように動いてきたのが、今度は内側から押し出されるように動くようになったということで、結局のところ、幸村は何一つ自分で決めたことはなかったようにも思えて、それが面白かったです。

――最終回では再び家康と対峙する場面があります。どのような気持ちで演じられましたか?

現実的な事だけに意識を集中させていました。演技自体よりも“相手を確実に仕留めるためにはどうするだろうか”ということを考えていたので、そこに情緒はありませんでしたね。ただ、振り返ってみると、そのときの撮影に限らず、すごく現実的な事ばかり考えてきた1年2カ月だった気がします。それは、幸村という人が徹底して“実務者”だったからだと思います。

家康を仕留めるというのも、もちろん殺人ではありますが、今回の幸村に限って言えば、目の前のトラブルを治めることしか考えていません。評価は後からついて来ればいいどころか、そんなことを考える余裕もなかったのではないかと思います。

――景勝(遠藤憲一)が、そんな幸村を評して「わしがそうありたいと思った人生を生きておる」と言うせりふもありました。景勝の思いはどのように感じましたか?

僕には正解は出せませんが、幸村は図らずも現場に徹することができた人ですよね。そこがうらやましかったのかなと感じます。現場から離れることになって、今はそこで何もできないという人たちが、現場で命を懸けている幸村を見ると、ちょっとうらやましい気持ちになるかもしれません。最後まで現場にいることができたのは、良くも悪くも、真田幸村の人生の面白いところだったのではないかと思います。

――初回でも演じた、赤備えを着て騎馬で家康の陣を目指すシーンもふたたび描かれますが、演じる上ではどのような違いがありましたか?

見て判断してほしいというのが一番ですが…初回では、遠くに見えるぼんやりした“家康”に向かって走っていたので、わりとまっすぐ向かっていたんです。それが最終回では、ここまで演じてきた分、向かうべき家康の姿もはっきりしていて、そこに至るジグザグのルートもしっかり見えている。すべてが具体的になったんですね。

顔にも違いが表れていると思います。情緒やしみじみした思いはどんどんなくなっていきますし、やるべきことが具体的に決まるにしたがって、実務者の顔になっていった気がします。

――そんな実務者・幸村がプライベートに戻ったのが、九度山生活でした。振り返って、九度山時代が描かれたことは、その後の幸村を演じる上でヒントになりましたか?

10回くらい放送があれば演技に深みが出たかもしれませんが、あっという間に終わってしまったので…(笑)。ただ、芝居が面白かったのはよく覚えています。初めて家族、特に大助(浦上晟周)という息子と触れ合い、ここで父と子の関係が一つ深まったと思います。これがないと、大坂城に入れないと三谷さんは考えたのだと思います。

――短い中で、幸村を巡る女性たちの関係も描かれました。

今回面白かったのは、男性にとって都合のいい、いわゆる“ヒロイン”がいなかったことが印象的でした。どこかきれいごとだけでは済まない、人間らしい女性が多く出てきた印象です。それが三谷さんの女性観なのかどうかは、聞いてみないと分かりませんが(笑)。それにしても、ハーレムかと思えばあんな修羅場になるとは…モテる人生がはたして幸せなのかどうか、若い人は「真田丸」を見て勉強してほしいですね。

――女性といえば、以前のインタビューでは、お梅(黒木華)との結婚で、幸村(当時は信繁)は“必要以上に殺さない”という山の民としての生き方を学んだというお話がありました。それは終盤の幸村の行動にも感じましたか?

その“山の民としての生き方”が、最後まで家康とウマが合わなかった部分のような気もします。山の民は、境にいて、物と物を交換しますから、価値観の違う人たちと共存することを大切にします。一方、田んぼを耕す人は、コメという一つの価値観を持った、強力な組織を作る必要がある。

山の民である信濃人の基本テーマは、“時にはぶつぶつ文句を言いながらも、相手を決して否定することなく共に生きる”だと思うんです。信繁にとって、当時の大坂は、ワクワクして居心地のいい街だったのではないでしょうか。国際都市だし、商業都市だし。最後まで豊臣に付いていた理由は、そこにもあるかもしれません。

――長丁場の撮影を終えて、今は「少し休みたい」と感じますか?それともすぐに次の作品に入りたいですか?

やりたい、すぐやりたいです。「九度山編」のスピンオフでも(笑)。セットは使い回せますし、衣装も残っているでしょうし…。本当になんでもやりますよ、上杉での人質生活を全5回くらいでやってもいいですね(笑)。あの直江兼続(村上新悟)をもう少し見たいですしね。

――草刈正雄さんは約30年前の「真田太平記」('85〜'86年、NHK総合)で真田幸村を演じていました。今後、堺さんが真田家の中で演じてみたい人物はいますか?

いや、ないです、ないです。草刈さんの昌幸は超えられないでしょ! 僕、30年後は73歳ですし…と言いつつ、やってみたいですね(笑)。

でも、僕は、信幸の方が合っていると思うんです。大泉さんも、お兄さまがいらっしゃるから、信繁の方が合っているのかもしれない。でも、それが良かったのかもしれませんね。どちらかといえば兄が得意な僕が弟を演じて、弟が得意な大泉さんが兄を演じて…そこが面白いねと二人よく話していました。

ですが、役者ですから、やれと言われれば何でもやりたいです。秀吉も家康も演じてみたいですし、佐助は…ちょっと無理だな。いや、やるなら、リアルな忍者をやってみたい。本当に、何でも演じてみたいです。