村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング

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今回と次回は「コンセプチュアル思考」の3番目の基本スキルである「類推」についてみていきます。

私たちは大人になって、子どものころ耳に入れた寓話をときどき思い出します。現実の人生の荒波にもまれるなかで、寓話が発していたメッセージが重なるなと再認識するからでしょう。寓話だけではありません。例えばテレビのインタビューで、ある分野の達人が発したコメントに対し「うーん、なるほど名言だ」と感じるときがあります。古典的な寓話や第一級の人物の言葉のなかには、時を超えた道理があって、それを通して複雑な人生を理解することができます。

このような思考の背後には、「類推」がはたらいています。類推とは、物事Aと物事Bの間に類似性を見出し、その似ている点をもとにして何かをおしはかることです。論理用語では「アナロジー」と言います。概念化能力に強い人は、物事Aで引き出した本質を物事Bに適用することがうまい人です。また、比喩表現も類推のひとつです。複雑な物事を何か簡単な喩え話にしたり、たくみに喩えられた表現を豊かに解釈できたりするのも、コンセプチュアルな能力が鍛えられてこそです。

◆寓話の教えを現実生活に役立てる
『魔法使いの弟子』という寓話をご存じでしょうか。ヨーロッパで古くから語られているものですが、これを一躍世界に知らしめたのは何と言ってもウォルト・ディズニー制作のアニメーション映画『ファンタジア』(1940年)です。映像化されたシーンはこんな感じです。

ミッキーマウス扮する魔法使いの弟子は、師匠から水汲みを命ぜられ、両手に木桶を持って家の外と中を往復している。折しも師匠が出かけていなくなり、ミッキーはここぞとばかり、見よう見まねの呪文を箒(ほうき)にかける。すると箒は木桶を両手に持って歩き出し、自分の代わりに水汲みを始める。「これでラクができるぞ」と、ミッキーはソファで居眠りを始める。

……その間に箒はどんどん水をため続け、ついには部屋からあふれ出すほどに。ミッキーは目を覚まし、慌てて箒を止めようとするが、箒にストップをかける呪文がわからない。ミッキーは斧を持ち出して、箒を切り刻んでしまう。ところが切られた破片がそれぞれ一本の箒となってよみがえり、水汲みを始める始末。箒の数は幾何級数的に増えていき、ミッキーは洪水状態の家のなかであっぷあっぷと溺れる……。


さて、この寓話からあなたは何を学び取るでしょう。ある人は「怠け心は結局得にならない」と日常生活への知恵にするかもしれません。また、ある人は「技術は中途半端に用いると危険だ」と自分の仕事のことに当てはめて考えるかもしれません。さらには、これを現代文明への警鐘として受け止める人もいるでしょう。

米国の評論家・歴史家であるルイス・マンフォードは、『現代文明を考える』(生田勉/山下泉訳、講談社学術文庫)のなかで、この寓話を取り上げ、こう記しています───

「大量生産は過酷な新しい負担、すなわち絶えず消費し続ける義務を課します。(中略)『魔法使いの弟子』のそらおそろしい寓話は、写真から美術作品の複製、自動車から原子爆弾にいたる私たちのあらゆる活動にあてはまります。それはまるで、ブレーキもハンドルもなくアクセルしかついていない自動車を発明したようなもので、唯一の操作方式は機械を速く働かせることにあるのです」。

一つの寓話から引き出す内容、当てはめる先は、人それぞれに異なります。それを描いたのが次の図です。このように、ある物事から見出した本質を類似性によってほかの物事に広げ適用していくのが類推です。類推もまたコンセプチュアル思考の特徴である「π(パイ)の字思考プロセス」をとります。

こうした類推の形をとった思考形式はそのほかにもたくさん見うけられます。例えば、MBA(経営学修士課程)でよく行われているケーススタディ。ある企業の成功(あるいは失敗)事例を研究し、成功(失敗)の本質的要因を探り出し、自身が担当する事業との類似性を通して成功(失敗回避)法をおしはかっていく学習法です。これも類推という知的なはたらきを利用しています。また、ある企業において一つのビジネスモデルが成功すると、そのモデルを他の事業にも横展開しようとします。そのときの思考もπの字プロセスを経る類推です(下図)。

さらに広げて考えると、生体模倣 (バイオミメティクス)もそうでしょう。生物のからだには、長い時間をかけて自然に適応してきたさまざまな知恵があります。その原理を引き出して、人間が使う道具に応用する(下図)。これもまた類推という思考の産物です。



(次回に続く)