社内の壁突破の秘訣は「ビジョン・数字・政治」にあり

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大企業の中から、イノベーションを起こす人材として、イントラプレナー(社内起業家)に注目が集まっている。日本を代表するイントラプレナーを紹介する本連載の2回目は、トーマツベンチャーサポート(TVS)で事業統括本部長を務める斎藤祐馬氏(33)。(第1回はこちら)

公認会計士としてトーマツに入社した斎藤は、2010年に休眠状態にあったTVSを、社内ベンチャーとして再立ち上げ。国内外で100人を超える規模に成長させたイントラプレナーだ。経営の立場でイントラプレナーについて研究する慶應義塾大学大学院特任教授の小杉俊哉は、斎藤が新規事業の現場から生み出した独自のフレームワークには、事業を成功に導くヒントがあると分析する。

小杉:斎藤さんは、ベンチャー企業の成長や大企業の事業創出をサポートする”新規事業支援のプロ”。その上、TVSの再立ち上げや、150人の大企業の新規事業担当者にベンチャー企業がプレゼンテーションを行う早朝イベント「モーニングピッチ」の立ち上げなどの経験を持つイントラプレナーです。「社内での立ち上げ」と「外部から支援」ー2つの側面から新規事業を知る斎藤さんから見て、大企業内で新規事業を成功させるのは、なぜ難しいのですか。

斎藤:新規事業には、本気で取り組む「マインド」、組織内外の人との「ネットワーク」、ビジネスモデルを組み立て遂行するための「経営スキル」が必要です。成功するベンチャーの起業家は、この3つの資質を必ず備えています。

しかし、日本の大企業には技術・資金・人材は潤沢にあっても、この3つを備えた人材だけがいません。だからといって、単純に大企業が起業家タイプの人材を採用すればいいというわけではありません。起業家タイプの人材は、「自分で自由にやりたい」という気持ちが強く、社内新規事業に欠かせない社内の調整には不向きです。

小杉:では大企業内の人材が、イントラプレナーとして新規事業を成功に導くには、どうすればよいのでしょうか。

斎藤:社内新規事業をスケールさせる鍵となるのは、「ビジョン・数字・政治」です。まずは新規事業を志す人材には「この事業に人生を賭けたい」という「ビジョン」が必要です。

ビジョンは個人的なレベルから始まったとしても、そこから会社、業界、社会と視点を高めていくことで、できるだけ多くの人数を巻き込みましょう。ビジョンを持つ人間が1人では変人でも、5人いると文化になり、社内に”居場所”ができます。目安として、15分語れば、人から協力してもらえるレベルまで、ビジョンを研ぎ澄ます必要があります。

しかしビジョンだけではまだ共感レベルなので、次に必要になるのが「数字」。実際に売り上げをつくることで、新規事業の必要性を会社側に納得させましょう。「数字」を出せれば、ある程度の支援を社内から受けることができます。

その後ろ盾を持って、「政治」を駆使し、社内のしがらみの突破を目指します。最終的に、ビジョンに共感していない人でも、打算で参加したくなる段階になると、新規事業は一気にスケールします。

小杉:社内新規事業では、売り上げを作る「数字」の段階が大きなハードルになりそうですね。

斎藤:新規事業の成長軌道は「Jカーブ」とも呼ばれ、売り上げに繋がるまでしばらく耐え忍ぶ”生みの苦しみ”があります。この時期に、社内でつぶされないことが最初の課題。そのため、既存事業との売り上げ比較ではなく、別の軸で勝負する必要があります。この時期に有効なのは、「PR・採用・人材育成」に力を入れることです。

まずは、事業への期待値を上げるための「PR」。売り上げと違い、メディア露出は短期間に大幅に拡大する余地が十分にあります。大手メディアに取り上げられることは、新規事業の社内で理解を得ることにもつながります。その次は「採用」。採用の母集団は、自分たちのブランドに対応して存在します。よって、PRによるブランディングが成功すれば、今まで採用することのできなかった人材を獲得することができます。

そうやって採用した優秀なメンバーを、最後に「人材育成」していきましょう。「PR・採用・人材育成」は、経営側から見れば、資金を投入しても成果が出にくい分野ですが、この3つに成功した新規事業は、社内ではつぶしにくい。ここに、私が「PR・採用・人材育成」を”Jカープを乗り越える3種の神器”と呼ぶ所以があります。

小杉:斎藤さんがイントラプレナーとして成果を出すことができたのは、ただがむしゃらに仕事に取り組むのではなく、「新規事業を成功させるには何が必要か」を問い続けてきたからでしょう。その結果、自ら生み出したフレームワークは非常に汎用性が高く、新規事業を成功させる手助けとなるはずです。

斎藤:ベンチャー企業では、事業を小さく始めて顧客の反応を見ながら軌道修正していく「リーン・スタートアップ」のような手法が提唱されていますが、社内新規事業にはそのような仮説はまだありません。大企業の中からイントラプレナーを一定数生み出すにも、やはり体系的なフレームワークが必須です。
 
また熱量を持って働き続けるためには、人生の中での強烈な成功体験や苦しい体験といった「原体験」を意識して、そこから「ミッション」を定めることが有効です。ベンチャー起業家は強烈な原体験を持っているケースが非常に多いので、イントラプレナーを目指す人材も意識してみることを推奨します。

小杉:高い志を掲げたとしても、様々な障害に阻まれることで、途中で諦めてしまうケースの多い社内新規事業ー日々闇中模索するイントラプレナーにとって、現場を知る斎藤さんが生み出したフレームワークは、”一筋の光”になるのではないでしょうか。

斎藤祐馬◎1983年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士。トーマツベンチャーサポートで事業統括本部長を務める。著書に『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」出演等。

小杉俊哉◎1958年生まれ。早稲田大学法学部卒。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了。現在、慶應義塾大学大学院特任教授等を務める。著書に『起業家のように企業で働く』(クロスメディア・パブリッシング)等。