■第67回:通算1000勝

先の九州場所(11月場所)で、
横綱が再び、大相撲界の大記録を達成した。
史上3人目となる通算1000勝である。
この記録にかけた思いと、
記録達成の舞台裏を横綱が語る――。


 大相撲九州場所(11月場所)が終わったあと、私たち大相撲一行は冬巡業のため、12月初旬から九州各地を回っています。大分、福岡、長崎、熊本、宮崎、佐賀などを巡って、その後は、鹿児島県の奄美大島、沖縄県の宜野湾、宮古島までうかがわせていただきます。その分、今回もトータルで2週間を超える、長い巡業になりますね。

 なかでも今回は、ベテランの里山関(十両)や、九州場所で新十両昇進を果たした明正ら、多くの力士を輩出している奄美大島や、毎年のように家族で訪れて、馴染みのある沖縄まで行けるのが楽しみです。

 特に、奄美大島は相撲が盛んな場所です。普段から自然と触れ合っている奄美の少年たちは、身体能力が高く、私が毎年開催している少年相撲大会『白鵬杯』でも活躍しています。大相撲を間近で観戦することで、力士志願の少年たちがさらに増えることを期待したいですね。

 ともあれ、九州場所後、これだけ多くの土地に訪れることができるのも、相撲を愛し、応援してくださっているみなさんのおかげです。心より感謝いたします。

 さて、秋場所(9月場所)を全休した私は、10月の秋巡業には途中から参加し、その中で徐々に稽古を再開していきました。福岡入りしてからは、九州場所から新入幕を果たした石浦、十両に復帰した山口ら、同じ部屋の面々とともに汗を流しました。

 小柄ながら、黙々と稽古をこなして、ついに幕内の座をつかみ取った石浦と、病気を乗り越えて復活を遂げた山口。ふたりは私がスカウトした力士でもあって、彼らのがんばりが、私に勇気を与えてくれました。

 また、九州場所の番付発表の日には、ふたりの母校(鳥取城北高)がある鳥取市内で、新入幕の石浦、十両復帰の山口のお祝いパレードが行なわれ、彼らと一緒に私もオープンカーに乗せてもらいました。その際、ファンの方々から温かい声援を受けて、改めて気合いを引き締めて、九州場所に臨むことができました。

 その九州場所、私の最大の目標は通算1000勝を達成することでした。

 振り返れば、通算37回目の優勝を全勝で飾った夏場所(5月場所)を終えた時点で、通算1000勝まであと13勝という状況にありました。調子さえよければ、続く名古屋場所(7月場所)で記録を達成してもおかしくなかったと思います。ですから、メディアの方々から1000勝の話題を振られるたびに、私は「できれば、名古屋場所で達成したい」と語っていました。それだけ、記録達成への思いも強かったのです。

 しかし夏場所後、私はケガに悩まされて、名古屋場所では10勝止まり。記録達成は決して簡単なものではありませんでした。そのまま、ケガの回復が思わしくなかった私は、翌秋場所では初日からの全休を決断。1000勝まであと3勝と迫りながら、治療を最優先し、記録達成はまたもや持ち越しとなってしまいました。

 迎えた九州場所、1000勝達成への意識は一層高まっていました。ただ、横綱を張って10年になりますが、今でも初日の土俵は緊張するもの。自らへの期待が膨らむ一方で、さまざまな不安が頭を掠めたりもしました。それでも、この初日には隠岐の海を破って白星発進。2日目も碧山を下して2連勝を飾って、1000勝まであと1勝となりました。

 実は、2連勝を決めた夜、宿舎に戻ってからサプライズが待っていました。この日、幕内初勝利を挙げた石浦が私の部屋に来て、「幕内で白星を挙げられたのは、横綱のおかげです」と、初めて受け取った懸賞金を私にプレゼントしてくれたのです。

 その瞬間、私は思わずウルッときました。石浦からもらった感謝の言葉と懸賞金のことは、生涯忘れることはないでしょう。

 聞けば、以前から石浦は、懸賞金をもらったら、私にプレゼントしようと思っていたそうなんです。そんな内弟子からの粋な計らいに、私も奮起しないわけにはいきません。勝負の3日目、魁聖を上手投げで下して、ついに通算1000勝を達成しました。

 前夜のサプライズも相まって、その勝利の味は格別でしたね。引き上げる花道では、知人やファンの方がたくさんの花束を持って迎えてくれました。その花束を受け取ったあとには、東京から駆けつけてくれた長男や長女からも、可愛い花束と祝福の言葉をもらいました。

 まさに感無量でした。同時に、ここまで本当に長かったな、と思いました。

 通算1000勝は、大相撲の長い歴史においても、これまで横綱・千代の富士関(1045勝)と、大関・魁皇関(1047勝)の、ふたりしか成し遂げていない特別な記録です。特に、同じ土俵で戦っていた魁皇関が記録を達成した瞬間には、「本当にすごいなぁ」と思って、その姿が眩しく見えたものです。

 それだけに、まさか自分が達成するとは......。信じられない気持ちと、感慨深い思いでいっぱいになりました。土俵下では、元魁皇関の浅香山親方が審判員として、私の1000勝を見守ってくれていました。それも、何かの縁なのかもしれませんね。

 ところで、当初九州場所では、大関・豪栄道の綱取りが話題の中心でした。中盤に入って豪栄道が星を落とすと、その話題も次第に薄れて、優勝争いは混沌としていきました。

 混戦の中、最後に場所を制したのは、横綱・鶴竜でした。普段から穏やかな性格で、あまり多くは語らない鶴竜ですが、虎視眈々と優勝を狙っていることは、ひしひしと伝わってきていました。結果、13日目の私との対戦を含めて、14日目の豪栄道戦、千秋楽の日馬富士と、残り3日間の相撲は圧巻でした。

 約2年ぶりの優勝を決めて、インタビューの際にはわりと口も滑らかになっていましたね。喜びもひとしおだったのでしょう。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki