朴槿恵大統領の親友が国政に介入したという問題を巡って韓国が大きく揺れている。本稿はそのこと事体を議論するものではない。ここで問題にしたいのは、大統領の辞任を求めるために各地であわせて160万人もの人々がデモに参加したということである。

 なぜ、あれほどまでに多くの人がデモに参加したのだろうか。子どもを連れた人や若者が多かったと聞く。この点が、今回の一連の出来事を考える上での重要なポイントである。

韓国を学歴社会へと導いたもの

 若者や家族連れがデモに参加したのは、自分たちが苛烈な受験地獄に苦しんでいるのに、大統領の親友の娘が名門である梨花女子大に裏口入学したと聞いたからだ。それに腹を立てたのだ。

 裏口入学が不正であることに違いはないが、日本ではこの程度のことで150万人以上もの人々がデモに参加することはないだろう。まあマスコミが叩けば十分である。しかし極端な学歴社会である韓国では、それが大衆の怒りに火をつけた。

 韓国が学歴社会になってしまった背景に儒教と科挙がある。儒教と科挙を発明したのは中国。それを朝鮮半島に本格的に取り入れたのは李氏朝鮮(1392〜1910年)とされる。それ以来600年にわたって、儒教と科挙は朝鮮半島に住む人々の心と行動を支配してきた。

 科挙とは試験によって政治家や高級官僚を選ぶシステムのことである。隋に始まり宋時代に完成したとされる。科挙は誰でも受けることができる。ただ、相当長い期間にわたって受験勉強を行う必要があり、また書物の価格が高かったことから、結果的に試験に合格するのは富裕層の子弟に限られた。

なぜ中国以上に影響力を及ぼしたのか

 科挙は高倍率、ほんの一握りの人間しか合格できない。そのため、国が大きい中国では、科挙が決定的に人々の心を支配することはなかった。ほとんどの人は科挙とは関係ない世界に生きていた。

 科挙に合格した官僚に親類縁者が取り入って儲けをむさぼることはあったが、国が大きいから全ての人がその恩恵にあずかるわけでもない。その結果、官僚システムとは別の世界で事業を起こし、一儲けしようとする気質が生れた。中国人は商人的であり、その気質は米国に似ていると言われる所以である。

 その中国で生まれた科挙を狭い朝鮮半島に導入した。それは人々の心のあり方を大きく規定することになった。朝鮮半島では科挙の合格者は両班と呼ばれる貴族階級がほぼ独占するようになった。

 韓国において科挙の試験問題は、宋の思想家・朱熹(しゅき)が作り上げた朱子学に基づいて作られた。朱子学に沿った古典解釈が模範解答になる。受験生は模範解答を丸暗記する。そんなことが600年も続いてきた。

 朝鮮半島は狭いから、科挙に合格した官僚の威光が隅々にまで行き届く。その結果、官僚とは関係ない世界で商売を行おうとする気質に欠けるようになった。

 李氏朝鮮は経済面でも文化面でも同時代の日本に比べて後れをとったとされるが、それは受験秀才が国家の中枢に陣取って威張り散らし、経済や文化活動に深く介入したためである。

空理空論に走る官僚体質

 朝鮮半島の人々は、官僚に取り入って儲けることを天職と心得るようになった。それが、韓国に財閥が出現し、やがて大きな力を持つようになった理由である。政府と関連が深いサムスンなどの財閥系企業だけが儲かる。政府から見放された中小企業は儲からない。その結果、日本とは比べものにならない格差社会が出現した。

 また、儒教の経典の正統的解釈の丸暗記を強要してきたために、通説に疑問を持つ気質が育たなかった。事実を探究して真理を発見しようとする気質も育たなかった。空理空論を上手く扱えるものが高級官僚なのだ。このような伝統があるために、経済的に成功しOECDのメンバーになりながらも、自然科学系においてノーベル章受章者を1人も出していない。

 空理空論に走り、事実に基づかない議論を貴ぶ気質は、従軍慰安婦問題にもよく表れている。一度、従軍慰安婦と言う文字から強制売春を連想してしまうと、その思考法から抜け出すことができない。事実などどうでもよい。従軍慰安婦と言う言葉がある以上、永遠にそれを問題にし続ける。

根幹が変わらぬ限り「負の社会」は続く

 そして、全てが試験で決まるという考えに支配されているから、大学受験に必死になる。負ければ商売などで敗者復活することができない。残りの人生は無駄。そんな社会に生きることは大変に苦しい。だから自殺が多い。

 それでも日本に追いつけ追い越せをスローガンにGDPが順調に伸びていた時代は、全体のパイが大きくなったために、多くの人が幸せを感じることができた。

 しかし、現在、財閥を優遇し、輸出によって稼ぐモデルは明らかに行きづまりを見せている。その結果、社会全体に閉塞感が漂い始めた。人々は失意に沈み、いつも苛立っている。そんな時に、大統領の親友の娘の裏口入学というスキャンダルが露見した。

 韓国の未来は暗い。それは学歴に固執し、かつ権威や権力に弱い人々しかいないからだ。そもそも大統領の親友が何かちょっと言っただけで、大学の先生がその要求を唯々諾々と受け入れるところがおかしい。そんな韓国から世界に先駆けるイノベーションが生れることはないだろう。これまでの発展は物まねの成果でしかない。

 儒教と科挙が国民の心に鮮烈に記憶されているために、韓国人は人々を幸せにする社会を作ることができない。デモを繰り返す人々は、大統領が辞任しても少しも幸せになれない。そして、次の大統領やその周辺も似たようなことを繰り返す。

 禅問答のようになってしまうが、大統領の親友の娘が大学に裏口入学したと聞いても、そのことに人々がそれほど腹をたてない社会が出現した時、韓国は真に幸せな社会を築くことに成功したと言えるのだろう。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

筆者:川島 博之