「在日ファンク」公式ウェブサイトプロフィールページより

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「音楽に政治をもちこむな」──今年の初夏、「FUJI ROCK FESTIVAL'16」にSEALDs奥田愛基氏の出演が発表されたのをきっかけに、このような意見がインターネット上に溢れたのは記憶に新しい。

 少しでもポップミュージックの歴史を学べばこんな言説はとんでもない誤りだとわかるのだが、残念なことに「音楽に政治をもちこむな」なる意見に諸手を上げて賛成してしまうリスナーが、いまの日本には一定数いるという現実がある。

 しかし、そんな状況下でも骨のある主張を続けているミュージシャンは少なくない。そのひとりが、"ハマケン"こと浜野謙太だ。

 浜野は、2010年代の日本においてジェームス・ブラウン直系のファンクを継承し耳の肥えたリスナーから絶大な支持を集めるバンド・在日ファンクのフロントマンであり、SAKEROCK(昨年6月に解散)では星野源のバンドメイトでもあった。また、星野源と同様にミュージシャンとしてだけではなく俳優としても活動し、『とと姉ちゃん』(NHK)や月9ドラマ『好きな人がいること』(フジテレビ)、『ウレロ☆』シリーズ(テレビ東京)、『ディアスポリス -DIRTY YELLOW BOYS-』など数々のドラマや映画で印象的な脇役を務め、性格俳優としての地位も固めつつある。

 そんなハマケンが12月3日付「しんぶん赤旗」で語った発言が話題を呼んでいる。

「在日ファンクでは反体制的なことを歌いたくなっちゃうんです。「爆弾こわい」って曲を皆さんに気に入ってもらえた時に、社会の中で皆さんの求めている言葉がパワーになって響くのかなと思ったんです。皆の中にある言葉の意味が鳴る感じ。その時に、もっと社会的な歌を歌っていけると思いました」

「爆弾こわい」は、11年に発表したアルバム『爆弾こわい』のタイトル曲。翌年1月には岡村靖幸によるリミックスでシングルカットもされている。この曲はジェームス・ブラウンからの影響をモロに出した70年代風ファンクサウンドが特徴的な曲で、いまでも在日ファンクの代表曲のひとつとされているが、この楽曲では「爆弾こわい」という言葉が何度もシャウトされるなかに、こんなフレーズも挿入されていた。

〈真面目なうたを歌えという ボケてるやつにツッコめという 武器を持ってこそ国だという 我が国我が国言っている〉

 この曲のミュージックビデオでは〈武器を持ってこそ国だという 我が国我が国言っている〉の部分で神妙な面持ちのハマケンが日の丸を振っている皮肉に満ちたシーンも映し出されていた。

 在日ファンクはそもそも、「あくまで本物のファンクを目指しながらも、そのなかでどうしても出てくる日本人流の解釈」というものを大事にしたバンドだ。論争を呼びそうな「在日ファンク」というバンド名にもそういった意味が込められている(ここ最近の星野源が自身の音楽のコンセプトとして掲げている「イエローミュージック」という概念もまったく同じなのは興味深い)。

 知っての通り、「ファンク」という音楽ジャンルは猛烈な熱量のダンスミュージックとして1960年代から1970年代にかけて一世を風靡したが、それは単なるダンスのための音の快楽装置として機能するにとどまらず、公民権運動の高まりなどの社会状況も反映し、歌を通じて黒人同士の連帯を強める役割も担った。在日ファンクにとって最大の参照元であるジェームス・ブラウンが1968年に発表した「セイ・イット・ラウド・アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウド」はまさにその代表例。この曲はタイトルが示す通り、差別との戦い、そして黒人としての誇りをもつことを同胞に呼びかける曲であった。

 ただ、だからこそ、真摯に本物のファンクに近づこうとすればするほど、ハマケンにはある悩みが生じる。彼は過去のインタビューでこのように語っている。

「ブラック・ミュージックをやっていると、ある種の劣等感というか、アメリカとは違う社会状況を卑下する傾向があるんですよ。日本は平和だからレヴェル・ミュージックが生まれないみたいな。でも、日本人だからこそのブラック・ミュージックができないわけがないというのがあって」(ウェブサイト「OTOTOY」)

「レヴェル・ミュージック」というのは、「Rebel=反抗、反逆」の音楽という意味で、レゲエ、パンクロック、ソウル、ファンク、ヒップホップなど、貧しい者が政府や金持ちなどへの批判を歌う音楽全般を指す言葉。

 ハマケンが語ったこの捻れたコンプレックスは、日本においてつねに議論されてきた議題であった(たとえば、「ゲットーのない日本で本当のヒップホップは生まれるのか」といった具合に)。みうらじゅん『アイデン&ティティ』(青林堂)に登場する「不幸なことに、不幸がなかったんだ」というセリフは、それを端的に表現したものといえる。

 そして、その回答のひとつが、反発のメッセージを「ユーモア」で包む込むことだった。古典落語の演目「饅頭こわい」をもじった「爆弾こわい」は、まさにその手法でつくられた楽曲である。

 ハマケンの創意工夫は現在でも続いている。前述「しんぶん赤旗」で彼はこんなことを語っている。

「昨年9月に、妻と子ども2人と初めて国会デモに行きました。それまでデモというと日常からずっと政治的なことを考える人しか行けないイメージでしたけど、あの安保法制反対のデモは自分のレベルで考えて誰でも参加できる感じがいいなと思いました」

 その経験が活かされたのが、今年5月にリリースされたアルバム『レインボー』に収録された「叩かない戦い」である。この曲は、表面上は「楽器を演奏するときは音を鳴らさない時間(休符)を強く意識しなさい」という楽器演奏の基本的なメソッドについて歌っているように見せかけて、その裏で平和憲法や戦力の放棄といった事柄をメタファーとして忍ばせている。

〈戦い叩かない〉
〈ぐっと我慢だ そこ叩かない 見えないビートは 次につながる〉
〈オンかオフかどっちのビート のるかそるか奴ならきっと ありきたりは許さない 軍隊マーチじゃそそらない〉
〈叩く事だけが戦いじゃないでしょ 鳴らす事だけが音楽じゃないでしょ 叩く事だけが戦いじゃないでしょ 泣かない事は強さじゃないでしょ〉

 実際、ハマケンはこの楽曲に関するインタビューでこのように種明かししている。

「これを書いた時期は安保法制が国会審議されてた頃で、武力を持たないまま日本が戦う道はないのかなと考えていた時期なんです」
「武力を持つっていうことと、スネアを無闇に叩くっていうことをかけてて。僕、普段デモ(引用者注:「デモ音源」のこと)をつくるときは結構スネアを入れちゃうんですね。「ココとココとココとココを叩いてくれ」みたいな。でも、そうじゃないぞと。叩くだけが戦いじゃないぞ、叩くだけがリズムじゃないぞと」(ウェブサイト「MUSICSHELF」)

 社会的なメッセージを歌った楽曲に「ユーモア」を織り交ぜ、日本人が演奏するレヴェル・ミュージックに説得力をもたせた先駆者としては、やはり忌野清志郎が挙げられるだろう(そういえば、彼もジェームス・ブラウンお得意の演出である「マントショー」にオマージュを捧げた「布団ショー」を行っていた)。1980年代後半に彼が動かしていた覆面バンド、ザ・タイマーズの「原発賛成音頭」はその到達点ともいえる。

〈さあさ皆さん聴いとくれゲンパツ賛成音頭だよ/これなら問題ないだろーみんな大好き原子力/ゲンパツ賛成! ゲンパツ賛成!/うれしいゲンパツ楽しいな日本のゲンパツ世界一/なんにも危険はございませんみんな仲間だ原子力〉

 こういった皮肉と洒落っ気を混ぜたプロテストソングの系譜には、近田春夫やスチャダラパーなどが存在するが、現在の若手でそれを継承している人はあまりいない。そもそも現在では、社会的なメッセージを発信する若手ミュージシャン自体が一部の例外を除いてほとんどいなくなってしまった。

 なにか反体制的な歌詞の楽曲を発表したり、ステージ上のMCやSNSなどでそれに類する発言を行えばたちまち「芸能人のクセに偉そうに語るな」という攻撃を食らう。後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)にせよ、Zeebraにせよ、岸田繁(くるり)にせよ、皆ネット民から攻撃を受けているし、昨年10月にスチャダラパーがSEALDsの街宣にゲストで出演した際も「失望しました」などというコメントがネットに溢れたのは記憶に新しい。

 そういった状況はハマケンも同じだ。YouTubeにアップされている「爆弾こわい」のミュージックビデオには〈リリックはクソ〉〈左翼の歌なの?この歌は〉といった中傷のコメントが少なくない数書き込まれている。

 しかし、それでも自分たちの表現の芯を曲げずに主張を続ける在日ファンク。「もっと社会的な歌を歌っていける」というハマケンのこれからの活動を、楽しみにし続けたい。
(新田 樹)