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By Atomische * Tom Giebel

「どうしてそんなに長い時間走ろうと思うわけ?」という質問は、ジョギングやマラソンを趣味にするランナーがよく尋ねられる質問の1つです。そんな問いに対する答えとしては「ジョギングをしていると気分が良い」というものがあるのですが、これは単なる気分の問題だけではなく、科学的にもその現象が確認されているようです。

Why Running Helps Clear Your Mind -- Science of Us

http://nymag.com/scienceofus/2016/04/how-neuroscientists-explain-the-mind-clearing-magic-of-running.html

仕事などに行き詰まったときに、「ちょっと走りに行ってくる」とジョギングに出かける人もいるはずですが、これは決して珍しいことではなく、作家のジョイス・キャロル・オーツはニューヨークタイムズ紙のインタビューで「走っていると、心が体から分離します。両足の動きや、左右の手を振るリズムによって」と語っています。また、YouTuberのケイシー・ネイスタットさんもRunner’s World誌のインタビューで「過去8年に下してきた重大な決断の多くは、ジョギングがきっかけになっている」と答えています。そしてその精神状況をもっとも良く言い表しているといえるのが、書籍「The Joy of Running」の中で引用されている「走りながら落ち込んだ気持ちになるのは難しい」というフレーズといえます。

ランナーの多くは「ジョギングをしていると新しい自分になった気がする」と感じることが多いそうですが、ある意味でこれは物理的にも正しいことと言えるようです。かつて、脳を作っている神経細胞は一定の年齢で増加が止まり、年をとるごとに徐々に減少するだけと考えられてきましたが、過去30年に及ぶ最新の脳科学研究の中でこの考え方は否定されるに至っています。実際には脳神経細胞は歳をとった人でも増えることがあり、その唯一のきっかけになるのが「活発な有酸素運動」であることがわかっています。アメリカ臨床神経心理学アカデミーのカレン・ポスタル代表は「私たちが知る限り、有酸素運動だけがそのトリガー(引き金)になるものです」と語っています。



By @markheybo

また、この神経細胞が生まれている場所も注目すべき点と言えます。新しい神経細胞が生まれるのは、記憶や空間学習能力に関わると考えられている海馬の部分。これまでにも有酸素運動が記憶力の向上に関与していることが指摘されてきたのですが、この発見により物理的にも脳の記憶力向上メカニズムの存在が明らかにされています。ポスタル代表は「30分から40分にわたる、汗をかく程度の運動を行うことで、脳の中で新しい神経細胞が生まれます。そしてそれは、記憶をつかさどる部分で起こっています」と語っています。

新しい神経細胞の発生とともに確認されているのが、脳の特定の部位で血流が増えるという現象とのこと。額のすぐ下にある脳の「前頭葉」と呼ばれる部分は、認知や選択、理性的な判断に関与すると考えられている部分で、いわば人間らしい知性をつかさどる部分でもあります。有酸素運動を行うことで前頭葉の血流が増加し、活動が活発化することがわかっています。ここからも、有酸素運動は人間の高度な判断力に良い影響を及ぼしていることが浮かび上がってきます。

また、前頭葉は感情の抑制にも重要な役割を持つことが知られています。そのことを示した実験が、ハーバード大学で博士号を専攻しているEmily E. Bernstein氏によって行われています。実験では、80人の参加者に対して映画「チャンプ」のワンシーンで、主人公・チャンプが死んだ際に息子・TJが涙ながらにすがりつくという、最も涙を誘うシーンを見せ、その後の反応を調査しています。

The Champ (1979) Death/Final Ending Scene VERY SAD - YouTube

実験に先立ち、参加者の半分には30分のジョギングを行わせ、残りの半分には30分間のストレッチを行わせてから、映画を鑑賞させました。鑑賞後には、映画によって以下に気持ちが変化したかを記入アンケートに回答させ、気持ちの反応を調査しました。その後、両グループは15分にわたって別のことに忙しい状況におかれます。そしてその後に、再びアンケートを実施して気持ちの状態を調査しました。

その結果、ストレッチを行っただけのグループよりも、ジョギングをしたグループのほうが気持ちの立ち直りが早かったことが判明。この結果からは、落ち込んだ気持ちの持ち直しにジョギングが効果を持っていることが示されています。

また、ジョギングを行う際に感じる人も多い「無になる」という精神状態も判断や思考に影響を与えることも指摘されています。作家の村上春樹はエッセイ「走ることについて語るときに僕の語ること」の中で、無になるために走ると語っています。



By whologwhy