「強い相手であるということが頭をよぎった......」

 かつてのアメリカの名選手で34歳になったアンディ・ロディックは、こう切り出しながら当時18歳の錦織圭との初対戦を述懐し始めた。

 2008年ATPデルレイビーチ大会で錦織がツアー初優勝をした直後に、ATPサンノゼ大会2回戦で、ロディック(当時ATPランク6位)との対戦は実現した。そこでロディックは錦織をにらみつけたり、プレー中にわざと声に出して威嚇したりとプレッシャーをかけた。だが、ロディックには必要以上にそうせずにはいられない理由があったのだ。

「言い過ぎた部分はあったと思うが、自分の中にある不安が作用したのではないか。あの時に錦織の可能性を見たような気がした」

 初めてのトップ10選手との試合にストレートで敗れた錦織は、リスペクトしていたロディックからの厳しい洗礼を受けて、試合後ロッカールームで悔し涙を流した。その一方、2003年US(全米)オープン優勝者で、元世界ナンバーワンであるロディックは、いずれ錦織がグランドスラムで優勝するかもしれないというポテンシャルを対戦しながら肌で感じていた。あの威嚇は、ロディックが錦織の才能を認めた証左だったのだ。

 あれから8年の月日が流れた。ロディックは2012年に引退したが、錦織はトップ10に定着し、今年は5位でシーズンを終え、自他共に認めるトッププレーヤーの地位を築いた。たしかにロディックが予感した錦織の才能は覚醒したが、悲願であるグランドスラム制覇はまだ成し遂げられていない。

 今年も錦織は12月2〜4日にさいたまスーパーアリーナで開催されたインターナショナル・プレミア・テニス・リーグ(以下IPTL)に2年連続で参戦し、ATPテニスツアーの公式戦とは違った楽しい雰囲気の中で、日本のファンにテニスを披露した。

 その中で、IPTL初参戦のマルチナ・ヒンギス(スイス)は、「男子テニスについて、私が言うのはおこがましいかもしれませんが」と前置きしながら、錦織について次のように語った。

「ロンドンの試合(ATPワールドツアーファイナルズ)を見て、(ノバク・)ジョコビッチ(2位)や(アンディ・)マリー(1位)が非常に安定している分、錦織には大きな武器が必要なんじゃないかと思います」

 ヒンギスは1990年代後半に大活躍し、グランドスラムのシングルスで5回優勝し、世界ナンバーワンに輝いた。2002年(2006年に復帰)、2007年と2度戦列を離れたが、2013年7月にダブルスで再び復帰。女子ダブルスで世界1位に返り咲き、ミックスダブルスではキャリアグランドスラム(4大メジャー全制覇)を達成し、今も非凡な才能を見せつけている。そんなヒンギスが錦織に注文をつける。

「錦織は非常に速いですし、他の選手よりショットが安定している分、あるレベルまではいけますけど、ジョコビッチやマリーといったトップ選手を上回るには、サーブでもっとフリーポイントが必要ですし、武器が間違いなく必要でしょう」

 実は、今年のATPワールドツアーファイナルズで、3時間20分の激闘の末、錦織を破った新王者マリーも「自分のサーブで、いくつかフリーポイントを取れたのが、助けになった」と吐露していた。

 サーブでのフリーポイントとは、サーブを1球目と数えて、ふつう3球以内でポイントを取ることをいう。簡単に言えば、強力なサーブで相手を崩して、自らのポイントを容易に獲得することだ。

 やはり男子テニスでは、マリーが難局を乗り切ったように、サーブ力がある方が有利であることは事実である。だが、錦織が今から時速210km以上のサーブを打てるわけではないので、ファーストサーブの確率や、セカンドサーブのコースや球種や配球などのプレースメントが錦織にとっては生命線になる。

「バックハンドのダウンザラインは、非常にいい武器だと思いますけど、毎回それが通じるかというと、やはり厳しいでしょう。やはりサーブがキーポイントになるのではないでしょうか。明らかに、(錦織が)トップレベルに行くものはあると思いますが、トップに行けば行くほど、すべてにおいてマリーやジョコビッチは、ワンランク上に行っていますので、それを打ち破る何かが必要だと感じます」

 男女の違いはあるものの、ヒンギスも錦織もテニス界屈指の優れたショットメーカーであるという共通点がある。そんな彼女の言葉だからこそ、説得力があり価値がある。

 シングルスで世界ナンバーワンだった頃のヒンギスも、女子テニス界にパワーとスピードを持ち込んだウイリアムス姉妹に対抗するために、あらゆる技術と戦術を駆使して、打開策を見出そうとしていた。

 ヒンギスが語るように、錦織が向上していかなければならない点があるのは間違いない。彼女は、錦織のバックハンドを指摘したが、やはり最後は錦織の最大の武器であるフォアハンドストロークに、さらに磨きをかけることがグランドスラムタイトルを引き寄せるのではないだろうか。現在の錦織のフォアは洗練された分、若い時のフォアのように相手をねじ伏せるような荒々しい迫力は薄れた。マリーやジョコビッチに勝つには、そんな荒々しいフォアが再び必要だと思われる。もちろんそれを成し遂げるためのフィジカルも重要だ。

「これから経験を積んでいけば、グランドスラム優勝のチャンスも見えてくると思う。やっぱり、まずはマスターズ(1000)での優勝だったり、もっともっと経験を重ねていかないと、そんなに簡単に取れるものではないので。でも、いつかは取れるように頑張ります」

 グランドスラムへの思いをはせる錦織を、ロディックは「確実に道を歩んでいる途中だ」と評する。そして、経験上グランドスラムならではの難しさを指摘する。

「グランドスラムで難しいのは2週間を通して、7回いい試合を続けなければならないことです。錦織自身もプロセスが大切だということを話していると思いますが、グランドスラムはプロセスを踏んでいっても、それでも簡単ではないタイトルだと思います。

 もし簡単だったら、グランドスラム優勝者がもっとあふれるはずですからね。ただ、錦織がやっているやり方は、非常に正しいものであり、毎年上達している。そういったことを踏まえると、たとえどんな結果になったとしても、自分を振り返る時に、正しいことをやってきたんだと断言できるようなプロセスを踏んでいるのではないでしょうか」

神 仁司●文 text by Ko Hitoshi