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by pcorreia

古いものでは紀元前の中国で、最近では1933年にドイツで、言論統制の一環として禁書とされた書物が燃やされましたが、このような禁書に指定された書籍を寄付で集めて古代ギリシャ建築を模した神殿が作られました。

An Artist Is Building a Parthenon of Banned Books | Smart News | Smithsonian

http://www.smithsonianmag.com/smart-news/artist-building-parthenon-banned-books-180960923/

「発禁本の神殿」はパフォーマンス・アーティストのMarta Minujinさんの作品。Minujinさんは1983年に、かつて発禁処分された、もしくは発禁処分されている最中の本10万冊の寄付をつのり、「発禁本の神殿」を完成させました。神殿は、1933年5月19日にナチス・ドイツや右翼の学生が「反ドイツ的精神に抗する行動」として約2000冊の本を燃やした、ドイツの学園都市カッセルの州立公園「フリードリッヒスプラッツ」に建てられたもの。1933年当時に禁書とされた本には、エーリヒ・マリア・レマルクの「西部戦線異状なし」や、ヘレン・ケラーの著作などで、当時ヘレン・ケラーは右翼の学生たちに向けて「あなたは私の本や、ヨーロッパの優れた考えが書かれた本を燃やすことができますが、本を燃やしてもそこに書いてあるアイデアは広がっていき、人々を活気づけるでしょう」という手紙を書いています。なお、本が燃やされるという出来事は、当時フリードリッヒスプラッツのみではなく、全国いたるところで起こっていたとのこと。

Minujinさんが建設した禁書の神殿がどんなものなのかは以下から見ることが可能です。

EL PARTENON DE LIBROS (1983)

http://webs.advance.com.ar/martaminujin/images2/paginas/partenon.html



神殿を正面から見ると以下のような感じ。神殿の前に立っているのがMinujinさんです。



民主政治と美の象徴であるパルテノン神殿をモデルにしており、建物の形にびっしりと本が積み上げられています



夜にはライトアップ。





建築の様子はこんな感じ。



最終的に神殿はクレーンで解体され……



本は自由に市民が持ち帰られるようになっていました。



Minujinさんが禁書による神殿を建てたのは1983年で、アルゼンチン軍事独裁政権の終焉を歴史に刻む象徴として神殿が建設されました。

そして新たに、Minujinさんは2万冊の本を使った発禁本の神殿を作成しようとしています。建築作業が始まるのは2017年6月10日の予定で、およそ100日かけて作業が行われるとのこと。Minujinさんは現在、大学の学生や教授たちとともに禁書リストを作成しているところだそうです。

そのほかのMinujinさんの活動は以下のウェブサイトから見ることができます。

MARTA MINUJIN - Official WebSite

http://www.marta-minujin.com/