堀本裕樹さん

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「雑談がうまくなる本」を何冊読んでも話がうまくならない……そんな悩みを持つ人は少なくないようです。それは、コミュニケーションのスキルにばかり目がいって、かんじんの語彙、語感といった、会話の構成要素そのものがおろそかになってしまっているかもしれません。小手先のスキルより大切なのは言葉の豊かさと奥行きです。幸い、日本語には「季語」というものがあります。このほどその季語をテーマにした雑談の本を上梓した俳人、堀本裕樹さんに、初対面の人との会話を円滑にし、いつも会っている人との対話に彩を加える極意について聞きました。

■余白があるから会話がひろがる

会話が上手いかどうかというのは言葉数ではないように思います。僕がやっている俳句は、言葉数を極限まで削っていかに多くを伝えるかを考えるものなんですね。不思議なもので、五七五の十七音からも人の個性はしっかり伝わってくるものです。短い表現をするために多くを省略しているわけですが、その余白があるから話が広がる。たぶん、小説の感想を言い合う会よりも、句会のほうが盛り上がると思います。細部まで表現できないぶん、受け取った側の解釈の余地が大きい。その句の命ともいうべきものが「季語」です。

日本にははっきりとした四季があり、それぞれの季節特有の風物や行事、情景や情感があります。意識していなくても、私たちの日常会話には季語があふれています。たとえば紅葉や雪。和歌の時代からの季題で、私たちは意識しないで使っていますよね。歳時記をひくと、柿紅葉、漆紅葉、銀杏黄葉といった季語もあります。これらはとりわけ紅葉(黄葉)が美しい木々ですね。雪についての言葉も実に豊富です。このあいだ降ったのは初雪でしたが、どちらかといえばべと雪でした。粉雪、細雪、といった言葉もあります。雪といえば冬、と思うかもしれませんが、淡雪や牡丹雪は春の季語なのです。雪明かり、名残雪、といった美しい言葉もありますね。

じつはこうした季語のバリエーションは、歳時記を見ればすぐにみつかります。季語の辞典である「俳句歳時記」の存在すら知らない人が意外に多いのですが、ぜひ手に取ってみてほしいですね。

■埋もれていた記憶を一言で呼び覚ます

歳時記は1年を春夏秋冬と新年に分け、さらに時候、天文、地理、生活、行事、動物、植物に季語を分類しています。これってまさに雑談のテーマそのものでしょう。よし、じゃあかっこいい季語をたくさん覚えよう、という話ではなくて、その季語からの連想をまず楽しんでほしいと思います。歳時記をめくっていると、季語を見ているだけで自分でも思ってもみなかったことを思い出すことがあります。

以前、芸人で作家の又吉直樹さんに俳句を教えていたことがあるのですが、あるとき新年の季語をつかった句をつくるという宿題を出しました。又吉さんは、新年の季語にどんなものがあるのだろうと歳時記をめくっていたら、幼い頃の実家の正月を思い出したそうです。炬燵があって、ミカンがあって、お父さんがいつもの場所に座っておられて、みんなで福笑いをやって……そんな風景です。それでこんな俳句ができました。

父の足裏に福笑いの目

歳時記を開かなければ、お正月といえば東京で一人で迎える暗い新年のイメージしかわかなかった、と又吉さんは言っていました。福笑いなんてやったことすら忘れていたと。そういう埋もれていた記憶や、物語を一気に呼び覚ます力が季語にはあるんです。

そんな季語を意識した会話に親しむための本、『春夏秋冬 雑談の達人』をこのほど出版したのですが、その本をつくりながら、僕もおおいに記憶を刺激されました。たとえばラムネやソーダ水、というのは夏の季語なのですが、バリエーションとして「砂糖水」という季語もあります。いまのように清涼飲料が何種類もなかった時代、冷水に砂糖を溶かして飲んでいたんですね。その「砂糖水」という一言で、子供の頃、川に魚を釣りに行ったことや、それを透明になるまでクルクルとかき混ぜて飲んだことなどがありありと思い出されました。ふだんはぜんぜん思い出さないような昔のことです。

こんにちは、はじめまして、といった挨拶から一歩だけ踏み込んだくらいのなにげない会話のなかにも、人の記憶や物語に直結するようなキーワードがあります。それが往々にして季節の言葉なんですね。僕はときどき「つくらない句会」という、参加者は俳句をつくらないでいい句会を開くのですが、そのなかで「ごみごみと降る雪ぞらの暖かさ」という句を選んだ人が何人かいました。話を聞くと、雪国出身の人たちでした。大きな雪片が舞うさまが「ごみごみしている」とか、晴れている日より雪の日のほうが「暖かい」という感覚は、雪国育ちの人には肌感覚としてわかるようでした。ちなみにこの句の作者は、宮沢賢治です。

そう考えると雪という言葉ひとつとっても、人によって発想するものが違うということです。季語を媒介にして相手の深い記憶や思い出が呼び覚まされることで、その人の思わぬ面が見えたりします。たとえ一言、二言の会話でもその人固有の物語を引き出すことができれば、深く印象に残るものになるでしょう。

■季語で「忘年会」を盛り上げる?

季節を意識すると、ものをより細かく見るようになります。また、新しい言葉を知ることで、感性も磨かれます。歳時記をめくってみると、ちょっと変わった季語もたくさん出てきます。たとえば、「虎落笛」。冬に木々や電線やビルの合間をひゅうひゅうと音を立てて吹くような北風のことです。これは冬の季語ですね。もともとはビルの谷間ではなく、竹の垣根の隙間を吹き抜ける風がひゅうひゅうと笛のような音を立てるさまを言ったようですが、そんな由来を知らなくても日本人は「ひゅうひゅう言って吹く風」にたいして、「ものすごく寒い日」という共通の感覚があり、そういう日の思い出もまた、人それぞれにあることでしょう。

「虎落笛」のように日常的には使わない季語を知っていることも楽しいですが、それとは意識せずに使っている季語もたくさんあります。とくに、食べ物。たとえばこれからの季節ですと鰭酒や寄せ鍋、おでん、河豚、風呂吹……これぜんぶ冬の季語です。沢庵漬や納豆などもいまは一年中スーパーで売っていますが、じつは冬の季語なんです。大豆や大根を乾燥した冬の寒気に干すことで旨みが出るそうです。季語を知っていると食べ物を見たときに収穫の風景まで目に浮かびますね。

『春夏秋冬 雑談の達人』は、もともと季語にも俳句にも関心のなかった若者「男子君」が、やけに風流な謎の先輩との出会いを通じて、季語というものを知り、周囲のものごとへの観察眼を養い、言葉への感性を磨いていくという成長物語です。クライマックスは歳時記と季語を駆使した「忘年会」のシーンなのですが、意外な季語のオンパレードになっています。じつはこの忘年会、会社にとって大切なお客様のおもてなしの場でもあり、幹事の男子君の責任は重大です。季語でみがいた雑談力でこのミッションを乗り切れるのでしょうか。その結末はぜひ本でお読みください。

この本は俳句のつくりかたを書いたものではなく、その「入り口」のようなものです。本を読んで季語に少しでも興味をもっていただけたのであれば、ぜひ句会にも参加してみてください。句会なんて敷居が高いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、参加してみると、俳句を通していろんな話が飛び出し、盛り上がったりして楽しいものです。僕も「いるか句会」「たんぽぽ句会」を定例で開催しています。また、選句、選評だけの「つくらない句会」も時折開催しています。自分で俳句を詠まなくても人のつくった俳句やその解釈を通じて、初対面の人とも深い共感が生まれたり、大切な思い出を共有したりできるということを、ぜひ、実際に体験してみてください。(談)

●「つくらない句会」を開催します!
1月12日(火)19:00〜 川口メディアセブン
▼お申し込みはこちらから
http://www.mediaseven.jp/event.html?no=1054&prv=list

●いるか句会、たんぽぽ句会を開催しています。
▼日程、お申し込みはこちらから
http://horimotoyuki.com/kukai/

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堀本裕樹(ほりもと・ゆうき)
俳人。1974年和歌山県生まれ。「いるか句会」「たんぽぽ句会」主宰。國學院大学卒。第2回北斗賞、第36回俳人協会新人賞、第11回日本詩歌句随筆評論大賞、平成27年度・和歌山県文化奨励賞受賞。 平成28年度・NHK俳句選者。東京経済大学非常勤講師。著書に句集『熊野曼陀羅』、小説『いるか句会へようこそ!』、『富士百句で俳句入門』、作家・又吉直樹への俳句入門講義をまとめた『芸人と俳人』、漫画家・ねこまきとの共著『ねこのほそみち』などがある。最新刊は『春夏秋冬 雑談の達人』(プレジデント社)。

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(俳人 堀本裕樹)