映画『ヒッチコック/トリュフォー』:K・ジョーンズ監督が巨匠の映画術に迫る

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映画『ヒッチコック/トリュフォー』の日本公開に合わせて来日したケント・ジョーンズ監督に話を伺った。

本作はフランスの映画監督フランソワ・トリュフォーの著書『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(原題『LE CINEMA SELON ALFRED HITCHCOCK』、通称『HITCHCOCK/TRUFFAUT』 ※以下『映画術』)で使われたインタヴュー・テープを軸に、取材風景を写した写真、マーティン・スコセッシら10人の映画監督へのインタヴューなどで構成されたドキュメンタリー映画だ。


マーティン・スコセッシ Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos (C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

1962年、映画の評論家としてスタートしながら『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』など3本の長編映画を完成させ、ヌーヴェルヴァーグの気鋭として注目を集めていたトリュフォーは、敬愛するアルフレッド・ヒッチコック監督にインタヴューを申し込みヒッチコックの快諾で実現する。シネフィル(映画狂)同士による約50時間に及ぶ熱のこもったインタヴューは、4年後の66年に書籍として実を結び、フランスとアメリカで出版され大きな反響を呼んだ。

ヒッチコックは当時すでに『めまい』や『サイコ』など数々のミステリー映画やテレビの『ヒッチコック劇場』などでポピュラーな人気を得ていたが、評論家筋の評価は定着していなかった。しかしこの『映画術』が世に出るとその評価は一気に高まり定着することになる。

日本では遅れること15年、81年に評論家の山田宏一氏と蓮實重彦氏の共訳で出版され、90年には『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』として改訂版が出ていまに至っている。大型本ながら絶版になることなく愛され、日本でも累計約7万部の隠れたロングセラーになっているというから驚きだ。いわば映画のバイブルであり映画界のレガシーになりつつある『映画術』から生まれたケント・ジョーンズ監督の『ヒッチコック/トリュフォー』。ジョーンズ監督自身、13歳の頃から映画に魅せられているシネフィルで、ドキュメンタリー映画の監督、脚本家、批評家として活躍中。ニューヨーク映画祭のデイレクターなども務めている。

―2〜3年前に映画化の話があったと聞きました。ジョーンズ監督はフランス映画にも詳しいと伺っています。そういうこともあってお話が持ち込まれたのでしょうか。

プロデューサーのチャールズ・コーエンから電話をもらったのが始まりかな。なぜぼくのところに話が来たのかな、なぜだろう(笑)? ぼくのほかの作品を観てくれていたのかもしれないし、とにかくこの話は即答で快諾したから、ほかの人ではなくてぼくのところに持ってきてくれて本当によかったと思っている。

―このテープが現存することは前からご存知だったのですか?

実はこのうちの11時間半くらいはインターネットのYouTubeで聴けるんだ。たぶん90年代末くらいにフランスのラジオ局が制作して放送したものが、そのままインターネットで公開されているんだと思う。


デビッド・フィンチャー Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos (C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

―『映画術』を読みますとオリジナルテープは50時間にもおよんだとありますが、ジョーンズ監督が受け取ったのはどれくらいになりますか?

ぼくがもらったのは27時間。トリュフォーはヒッチコックが『マーニー』を作った後にもインタヴューして、『引き裂かれたカーテン』の後に録ったインタヴューもあったはずだけど、たぶんそれは紛失されているね。

―録音技師が別室で録音したそうですが、50年以上も前のことですからオープンリール・テープだったんでしょうね。

そうだね。ナグラというメーカーのテープレコーダーだったと思うけど、違ったかな? サウンドエンジニアによってレコーディングされ、そのコピーがシネマテーク・フランセーズにあったんだ。オリジナルはトリュフォーのオフィスにダンボールに入れてあったのを、今回の映画の共同脚本家としてクレジットされているカイエ・デュ・シネマ誌の元編集長セルジュ・トゥビアナが発見したのさ。その時にあったのがたぶん27時間分なんだと思う。彼はトリュフォーのドキュメンタリー映画『フランソワ・トリュフォー/盗まれた肖像』の共同監督としても知られる人物だよ。

ぼくがもらったのはコピーだけどオープンリールじゃない(笑)。デジタル化されたデータがパソコンに送られて来たんだ。時代は変わったね、さすがにオープンリールではもらわないよ(笑)。

―27時間という膨大な量のデータがあって、それを1本の映画にまとめていくのは大変な作業でしたか?

いやあ、本当に楽しい時間を過ごした。データは全部自分で聴き取りしたんだけど、作業はアルノー・デプレシャン監督の家でやることが多かった。フランスに行くと大体デプレシャンのところに滞在するんだけど、夜になると始めるわけ。彼とはヒッチコックについていつも話している仲でもあるからね。

テープを聴いていると自分に訴えかけてくる箇所があって、そういう部分を抜き出していった。ふたりの間で感情がほとばしる話し方のところがあって、それを抜き出していったんだ。長くなりすぎるところは残念ながら諦めた。話が技術面に片寄りすぎるところも入れなかった。


アルノー・デプレシャン Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos (C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

―映画の柱があってその周りに監督インタヴューなどのサイドメニューが入ってきますが、構築するにあたってバランスはどのように考えたのでしょう。

それはおっしゃるように構築そのものであって映画制作のまさに肝の部分。マーティン・スコセッシら10人の監督へのインタヴューをどこに挟むか考えていくわけだけど、監督たちには抜き出したヒッチコック×トリュフォーの対話をもとに話を聞いていった。そういう流れになるね。

―ウェス・アンダーソン、オリヴィエ・アサイアス、ピーター・ボグダノヴィッチ、アルノー・デプレシャン、デビッド・フィンチャー、ジェームズ・グレイ、黒沢 清、リチャード・リンクレイター、ポール・シュレイダー、マーティン・スコセッシという10人の監督へのインタヴューを試みていますが、人選はどのように行いましたか。またよく聞かれる質問かもしれませんが、女性監督が含まれなかったのはなぜでしょう。

ずばり彼らの作品が好きだから。彼らだったら面白い答えが返ってくるんじゃないか、そういう予感もあった。それだけじゃなくて自らヒッチコックに関して話したい人たちではないかとも思った。

女性監督がいない件に関しては、まず女性監督自体が少ないという現状がある。実は何人かには打診したんだけど、いろんな理由で断られたんだ。女性を入れたいから選ぶということはあえて避けた。そういう行為自体、映画のためにも誰のためにもならないからね。たとえばジェーン・カンピオンにも申し込んだんだよ。彼女は声をかけてもらって嬉しいけど、ヒッチコックについてなにを話していいかわからないからと断った。ほかにキャスリン・ビグローも打診したけど受けてもらえなかった。

―たしかに女性監督でヒッチコックを語りそうな人ってなかなか思い浮かびませんね。それで僭越ながら私も考えてみました。『サイコ』つながりというわけではないんですが(笑)、『アメリカン・サイコ』のメアリー・ハロン監督などはいかがでしょうか。

うーん、そうだなあ。どうかなあ・・・。だけどどちらにしても、あえて女性監督を入れるようなことだけはしたくなかったことは確かだね。

―トリュフォーはヒッチコックへのインタヴューを本にしました。これを映画にするというアイデアがあっても不思議はなかったと思いますが、なぜ彼は本にこだわり映画にはしなかったのでしょうか。

トリュフォーはイメージだけではなく言葉も非常に大切にする人。とにかく読書家で、書き手としても素晴らしい人だった。ニ檄イ砲垢襪海醗奮亜考えていなかったと思う。映画として作ったとしたらたぶん違う形だったと思う。このオーディオ・インタヴューは映像として撮るよりもよりヒッチコックに自由を与えたと思う。それとトリュフォーはドキュメンタリーに興味がなかったということも言えると思う。


ウェス・アンダーソン(写真右)とケント・ジョーンズ(写真左) Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos (C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

―『映画術』という本はヒッチコックに対する評価を変えたとよく言われますが、同時にヒッチコックの強烈な個性を世に知らしめたものでもあったと思います。たとえば『めまい』に関する発言などに顕著に現れています。

そうなんだけど、テープで聴くともっと強烈だよ。ヒッチコックが話しているのを聴くとすごく自然に話しているから、本当に面白い。文字よりも感情というのは声にいっそう反映されるからね。だから『めまい』に関して話している時は声がより低くなってくるんだ。それから女性に関して言えば、『めまい』で起用しようと思っていたヴェラ・マイルズが妊娠して実現しなくなった時のヒッチコックの話し方も面白いね。そういう彼の表現は自然にくつろいでいる部分もあるし、相手を喜ばせようと思ってわざとやっているところもある、その両方だと思うね。

―『映画術』は映画の技術的な面だけではなくて読み物としてもとても面白いですね。読み手に対するサービス精神というか、独りよがりではないエンターティナーぶりはヒッチコックと共通するかと思います。

その通りだね。それとオリヴィエ・アサイアス監督も言っているけど、緻密さもこのふたりに共通するところかな。だけどそれ以外の共通項はあまりないと思う。映画監督としてのスタイルも違うし、生まれた環境も育った環境も違う。トリュフォーは変わった人だと思うよ。変わり者の映画監督だね。一方ヒッチコックの映画はスリリングだったり不快にするところもあるけど、デプレシャンが言うように恐怖と同時にエンタテインメントが存在する。トリュフォーの映画にはいまひとつ平安がなく、暗いものを抱えている感じがする。ヒッチコックは絶対に『緑色の部屋』や『隣の女』のような作品は作らないだろうな。


黒沢 清 Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos (C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

―ヒッチコックの『めまい』もかなりの変態ぶりですが(笑)。

たしかに『めまい』は風変わりな映画で、エンディングも感嘆するほど煙に巻かれてしまうけどね。トリュフォーの場合は後悔とかなにか余韻を残すんだ。まったく違う世界。彼の場合は人物描写とかそういうところに関心があるように見える。それと本題からはずれたようなこともする。ヒッチコックも本題から離れることがあるけどニュアンスが違うんだな。

―最後にジョーンズ監督にとってのヒッチコック、トリュフォーそれぞれのベストフィルムを挙げていただけますか。

むずかしいなあ、彼らの全作品が好きだからね。ヒッチコックだと『汚名』か『めまい』かあるいは『裏窓』か『北北西に進路を取れ』か。これって絞れないな。トリュフォーは『華氏451』を挙げておこう。SFだけどすごく感動させられる映画だった。


Photo by GODLIS

KENT JONES
ケント・ジョーンズ 1960年、アメリカ・マサチューセッツ州生まれ。映画監督・脚本家・批評家。マーティン・スコセッシと共に映画の記録保管活動に務め、2012年以降ニューヨーク映画祭のディレクターを務めている。90年、Vision誌に批評を書いたのを機に批評家としてのキャリアをスタート、96年からはフィルム・コメント誌に寄稿。共同脚本としてドキュメンタリー『マーティン・スコセッシ 私のイタリア映画旅行』(01)や『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』(13)に参加、脚本&監督を手がけた作品に『Val Lewton: The Man in the Shadows』(07)や、エミー賞にノミネートされたエリア・カザンをテーマにしたTVドキュメント『A Letter to Elia』(10)がある。

『ヒッチコック/トリュフォー』
監督:ケント・ジョーンズ
出演:マーティン・スコセッシ、デビッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、黒沢清ほか
12月10日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
http://hitchcocktruffaut-movie.com/