宮崎駿や高畑勲がリスペクトするアニメの神様、ノルシュテイン監督に聞く

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宮崎駿や高畑勲がリスペクトを捧げる、ロシア出身のアート・アニメの巨匠、ユーリー・ノルシュテイン。数々の映画賞を獲得した代表作『話の話』をはじめ、切り絵を使って制作した作品は、ひとつひとつが芸術品としての輝きを放っている。

そんな彼の作品の数々が、日本人スタッフの手によって美しい映像と音声に修復され、『アニメーションの神様、その美しき世界』として特集上映されることになった。その公開に先立ってノルシュテインが来日。75歳を迎えたゥ▲縫瓠璽轡腑鵑凌斥梨イ冒郎遒謀劼韻訌曚い鯤垢い拭

―子供の頃から絵が描くのが好きだったそうですが、アニメーションのどんなところに惹かれたのでしょうか。

それに答えるのは難しいですね。ゥ▲縫瓠璽轡腑鵑箸浪燭イ箸いμ笋いけを自分自身にしたことがないですから。そこでまず、シ歃僂箸浪燭イ箸いμ笋いけをしてみましょう。私は人と人を結びつけるものが芸術ではないかと思っています。そして芸術家には、民族を越えて人類が本来持っている共通性を見出す役割があるのではないでしょうか。芸術家になるためには小さい頃の記憶が大切です。鳥の鳴き声。花の香り。水滴の輝きなど、そういう様々なものに幼い頃に触れることで感覚が研ぎ澄まされていく。そうした感覚を普遍化して人に伝えていく力を持っているのが芸術家です。それをどのように伝えるか。それが音楽なのか、文学なのか、映画なのかは、その人が持っている資質で決まります。そうした芸術のなかで、アニメーションに特殊性があるとしたら、人形にしろ、絵にしろ、生命のないものに生命を吹き込むということではないでしょうか。


『アオサギとツル』(1974年)(C)2016 E.S.U.E C&P SMF

―生命を吹き込む。まるで神様のような作業ですね。その際に大切なことは何でしょう。

確信です。まず、信じることができないと。

―人形や絵が生命を宿して動く、ということをですか?

そうです。もちろん、観る人もそれが信じられないといけません。いくら荒唐無稽なことを想像しても、作り手がその世界を信じていないと嘘っぽくなってしまう。そして、想像力の基盤になるのが子供の頃の記憶や体験なのです。

―その場合、自分の五感を通じて体験することが重要なんですね。

コンピュータゲームやテレビからは、香りや風の心地良さは感じられませんからね。昔の赤ん坊はおしっこを漏らすと、おしめが濡れた感覚が嫌で泣いていました。ところが最近のおしめは吸水性が良くなりすぎて、おしっこを漏らしても気持ち悪くない。そのおかげで、赤ん坊の皮膚の感覚が失われてきているそうです。便利になるというのは怖いことでもある。家で何時間もゲームをやるより、外で精いっぱいボールを蹴ったほうが感覚が豊かになります。


『キツネとウサギ』(1973年)(C) 2016 E.S.U.E C&P SMF

―確かにそうですね。監督の作品は、子供の頃の記憶を呼びさますような詩情に満ちています。今回、リマスタリングされた映像をご覧になって、どんな感想を持たれましたか?

オリジナルのフィルムが劣化を起こしているなかで、修復は大変な作業だったと思います。とても嬉しかったですね。ただ、私はロシアにいて作業に立ち会えなかったので、完全に満足することはできない。なので、日本に滞在している間に、できるだけ立ち会って修正を加えていきたいと思っています。

―色のニュアンスを伝えるのは、現場に立ち会わないと難しいでしょうね。

例えば『霧の中のハリネズミ』で、ハリネズミと小熊が星を数える時の夜空は、今の段階では青過ぎます。もう少し暗いほうがいい。明るい青じゃなくて濃紺で、夜としては明るいけど昼間じゃないような、青みがかった夜空なんです。


『霧の中のハリネズミ』(1975年)(C) 2016 E.S.U.E C&P SMF

―あなたが立ち会う事で、公開される時にはより完成度の高い映像になっているわけですね。ハリネズミや小熊をはじめ、あなたの作品のキャラクターは、文化を超えて愛されるデザインです。キャラクターを作る時に大切にしていることはありますか?

その質問は、私より美術監督をしている妻のフランチェスカ(・ヤールブソワ)に聞いてもらったほうがいいかもしれませんね(笑)。

―でも、フランチェスカさんと話し合いながらキャラクターを作られるんですよね?

そうです。キャラクターを作る時、フランチェスカによく言うのは、過去のアニメーションに出てくるキャラクターに似ているデザインはダメだということです。つまり、独自性が重要なのです。これがハリネズミのシルエットですが(説明しながら紙に描き始める)、なぜこうなったかのかはよくわからないんです。偶然このシルエットに辿り着きましたが、ひと目でハリネズミだとわかります。(『話の話』の)オオカミは目が重要でした。オオカミは目が入らないままキャラクターのデザインが出来上がって、どんな目にするのか、目を探すのが大変でした。このハリネズミやオオカミのように、ほかのアニメーションのキャラクターとは全く違っていて、一瞬にしてそれとわかることがキャラクター作りでは重要なのです。そして、その先にあるのが動きですね。キャラクターがスクリーンのなかで生きているかどうか。自然に存在しているかどうか、ということです。我々が暮らしていくなかでリアリティを感じられるものじゃないとだめです。


『話の話』(1979年)(C)2016 E.S.U.E C&P SMF

―なるほど。監督の作品に出てくるキャラクターは森の中にいそうですね。そういうキャラクターの親しみやすさやアニメーションに対する真摯な姿勢は、スタジオジブリの作品に通じるところがあります。監督はジブリの宮崎 駿、高畑 勲両監督と親交が厚く、今回の日本滞在中には高畑監督と京都見物をされるとか。高畑監督の作品に関しては、どんなところに惹かれますか?

いま、思い出したのは『ホーホケキョ となりの山田くん』です。秘められたユーモアというか、ユーモアの秘密というか、それがとても気に入りました。この作品のユーモアは日本の伝統に根付いていながら、世界に通じるものでもある。そういうユーモアを描けるのはすごいことだと思います。そういえば昨日、お寿司屋さんに行ったんです。ランチタイムで大変混んでて、寿司職人たちはお客さんが来るとゥ悒ぁ△い蕕辰靴磴ぁイ搬臉爾鮠紊欧襦その様子を見ていてイ匹Δ靴董⊆司屋を舞台にした日本のオペラができないんだ?イ隼廚い泙靴拭そして、寿司を食べているうち、あっという間に頭の中でアニメーションのプロットができたのです。寿司職人たちがゥ悒ぁ△い蕕辰靴磴ぁイ辰導擇靴欧法△泙襪嚢臂Г里茲Δ剖ぶ。そうすると、ネタのエビやイカ達がゼ分たちの出番だ!イ抜遒鵑撚里そ个垢里任垢、みんな食べられてしまうのです(笑)。

―それはぜひ、作品にしてください(笑)。最後に監督が影響を受けた映画を3作品、教えて頂けますか?

たくさんあり過ぎて悩みますね。まず、ジャン・ヴィゴの『アタラント号』。オタール・イオセリアーニの『落葉』。3作目は何にしようか・・・。映画ではありませんが、セルゲイ・エイゼンシュテインの全六巻の評論集がロシアで刊行されているのですが、それは私の出発点であり、今も読み返しています。でも、映画でもう一作挙げるならボリス・バルネット『国境の町』でしょうか。この3つの作品にはセ蹐慮撞棡イあります。


『ケルジェネツの戦い』(1971年)(C)2016 E.S.U.E C&P SMF

―セ蹐慮撞棡ァそれは、そこに詩的な感性が息づいているということでしょうか。

そうです。詩はロシア文化のなかで非常に重要で、音楽にも、文学にも、バレエにも、演劇にも、そして映画にも、詩的なるものがないと芸術作品ではない。セ蹐慮撞棡イ魯蹈轡∧顕修砲いてとても重要な概念です。その概念をひと言で説明するのは難しいのですが、それがある作品はすべてを忘れて、その世界にどっぷりと浸れることができるのです。


(C)2016 E.S.U.E C&P SMF

ユーリー・ノルシュテイン
1941年9月15日、ロシア生まれ。61年から連邦動画撮影所(ソユーズムリトフィルム)で映画制作に従事。ソユーズムリトフィルムではアニメーターとして、『ミトン』『ワニのゲーナとチェブラーシカ』(ロマン・カチャーノフ監督)など50本以上の作品に関わる。73年の『キツネとウサギ』、74年の『アオサギとツル』、75年の『霧の中のハリネズミ』が高い評価を受け、79年の『話の話』でその評価を不動のものとする。監督として、これまでに30以上の映画賞などを受賞。

特集上映『アニメーションの神様、その美しき世界』
監督:ユーリー・ノルシュテイン
上映作品:『25日・最初の日』(68)、『ケルジェネツの戦い』(71)、『キツネとウサギ』(73)、『アオサギとツル』(74)、『霧の中のハリネズミ』(75)、『話の話』(79)
2016年12月10日(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
http://www.imagica-bs.com/norshteyn/